ゴン、ゴン
鈍くくぐもった音が静かな礼拝堂に響く。
私がこの教会へ来てからひと月は経つが、この教会に祈りを捧げに来る熱心なマニアは見た試しがない。
警戒心半分、好奇心半分で私は礼拝堂のドアに手を掛けた。
*****
ドアを開けるなり、派手な身なりの若い女が顔を覗かせる。
派手女の隣で、対照的に控え目な身なりの女が小首を傾げている。
ついには言い合いを始めた二人の女。
放っておくとそのまま何時間も続きそうな終わりの見えないやり取りだ。
見かねた私は仕方なく止めに入る。
極々一般的な少年のフリをして。
おずおずと尋ねると(無論、小芝居だ)二人は口を噤み、顔を見合わせる。
そして控え目な女が慌てて謝罪をした。
各々個性の尖がった友人が居るんだな、とか。
そもそも羊頭にも友人らしきものが居たんだな、とか。
そんなことより何より、
と、私は胸を撫で下ろしていた。
何せあの羊頭のことだ。
『実はシスターに憧れてコスプレしているだけの一般人でしたー!』
と、唐突にカミングアウトされる日が来てもおかしくない。
……行動の読めない人間を相手にしていると、疑り深くなるようだ。
そんなこんなと思索していると、派手女――ジェシカがぐっと顔を近づけ、私を覗き込む。
その仕草と胸元を強調する服装とが相まって、否応なしに豊かな胸が視界に飛び込んで来た。
はてさて、この二人にはどの様な説明をしたものか。
一寸考え込んだその刹那、私の背後からやたらデカい声が響き渡る。
私の言葉で羊頭は漸く客人の顔を確認する。
そしてたっぷり数十秒。
満面の笑顔を浮かべ、歓喜の声を上げた。
不満を漏らしつつ、それでも二人の客はまんざらでもない様子で微笑んでいた。
*****
不満気に口を尖らせて見せる羊頭。
いつの時代も、お茶の席を囲う娘たちというのは非常にかしましいものである。
流石に眼帯の悪魔祓いが不憫に思えてくる。
一方、客人たちは羊頭の発言に目を丸くしていた。
それに比べ羊頭ときたら、女同士の【わい談用語≪超初級編≫】にすら付いて行けてない。
この二人がよく友人関係を築けたな、と私は思っていた。
ジェシカは私を指さす。
ジェシカの発想の斜め上っぷり、どこか羊頭に通じるものを感じた。
所謂【類友】という奴かも知れない。
羊頭はにっこり微笑むと、おもむろに私の紹介を始めた。
【場が凍り付く】とはまさにこういう場面を指す言葉だろう。
流石の私も羊頭の突拍子もない紹介&カミングアウトに思わず言葉を失ってしまう。
見てみろ、客人らもティーカップ片手にフリーズしてしまっているではないか。
しかし意外や意外。
数十秒後には客人たちは冷静さを取り戻し、打てば響く様な順応性を見せた。
三人は和やかに笑い合う。
羊頭は勢いよく立ち上がると、一目散に部屋を飛び出して行く。
そして客人らは羊頭の足音が遠退いたのを確認するなり、私に深々と頭を下げ始めた。
どうやら二人は先程の紹介を【マリアの空想もしくは虚言】だと判断し、話を合わせていたようだ。
そしてマリアの代わりに非礼を詫びている、といった様子。
思ってもいなかったキーワードの出現に、私の関心は一気に傾く。
小首を傾げる私に、二人は困り顔で微笑んで見せた。
聞く限り微笑ましいエピソードというわけではないが、所詮子供のやったこと。
二人にとっては懐かしい思い出話の様だった。
折角訪れた【先生を知る機会】だ。
私はそのチャンスを最大限に活かすことにした。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。