第14話

お客様は突然に
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2019/09/04 06:09
ゴン、ゴン

鈍くくぐもった音が静かな礼拝堂に響く。
ゼル
ゼル
(礼拝客か?……いやいや、まさかそんなもの好きが居るものか)
私がこの教会へ来てからひと月は経つが、この教会に祈りを捧げに来る熱心なマニアは見た試しがない。
ゼル
ゼル
(もしや件の【先生】とやらではないか?ならば好都合ではないか……)
警戒心半分、好奇心半分で私は礼拝堂のドアに手を掛けた。

*****
派手女
派手女
……あら?何かチビっこいのが出てきたよ?
ドアを開けるなり、派手な身なりの若い女が顔を覗かせる。
ゼル
ゼル
(誰だ?……というか、失礼な女だな)
地味女
地味女
礼拝に来てる子なんじゃない?
派手女の隣で、対照的に控え目な身なりの女が小首を傾げている。
派手女
派手女
それはナイ!こんな廃墟でわざわざ祈り捧げるマニアなんてそうそう居ないって!
地味女
地味女
じゃあ、この子は誰?近所の子??
派手女
派手女
マリアの男かもよ?
ゼル
ゼル
!!?
地味女
地味女
ジェシカったらまたそんな下品な冗談言って!
派手女
派手女
いやいや、マリアの精神年齢にはコレくらいが丁度良いんじゃない?ナイス年の差婚!
地味女
地味女
そんなこと、冗談でも言ってはダメよ!
派手女
派手女
えぇ……エリー、アンタの頭って石で出来てない?
地味女
地味女
貴女の頭が柔らか過ぎるんです!
ついには言い合いを始めた二人の女。

放っておくとそのまま何時間も続きそうな終わりの見えないやり取りだ。
見かねた私は仕方なく止めに入る。

極々一般的な少年のフリをして。
ゼル
ゼル
……あの、どちら様でしょうか?
おずおずと尋ねると(無論、小芝居だ)二人は口を噤み、顔を見合わせる。

そして控え目な女が慌てて謝罪をした。
エリー
エリー
驚かせてごめんなさい!
私はエリー、隣の子はジェシカ、私たちシスターマリアの友人なの
ゼル
ゼル
シスターの、友人?
各々個性の尖がった友人が居るんだな、とか。

そもそも羊頭にも友人らしきものが居たんだな、とか。

そんなことより何より、
ゼル
ゼル
(羊頭はシスターとして認知されているんだな、安心した)
と、私は胸を撫で下ろしていた。

何せあの羊頭のことだ。
『実はシスターに憧れてコスプレしているだけの一般人でしたー!』
と、唐突にカミングアウトされる日が来てもおかしくない。

……行動の読めない人間を相手にしていると、疑り深くなるようだ。
そんなこんなと思索していると、派手女――ジェシカがぐっと顔を近づけ、私を覗き込む。

その仕草と胸元を強調する服装とが相まって、否応なしに豊かな胸が視界に飛び込んで来た。
ゼル
ゼル
(……無暗に大きいな)
ジェシカ
ジェシカ
ね、坊や何処の子?マリアはどこ??
ゼル
ゼル
え、俺は……
はてさて、この二人にはどの様な説明をしたものか。

一寸考え込んだその刹那、私の背後からやたらデカい声が響き渡る。
マリア
マリア
いらっしゃいませ、お客様!懺悔ですか!?願掛けですか!!?
料金は無料となっているので、ガンガンお願い事しちゃってOKですよ!
その代わり、次回いらした時には三人ほど御友人を連れて来てくだされば……
ゼル
ゼル
何だ、その詐欺風味の挨拶は……
マリア
マリア
ゼルくん、初めてのお客様ゲット!
私、はりきって延長無料の大サービスしちゃいますね!
ゼル
ゼル
お前、本気で接客するつもりあるのか?……てか、この二人は礼拝客じゃないぞ
マリア
マリア
え?
私の言葉で羊頭は漸く客人の顔を確認する。

そしてたっぷり数十秒。
満面の笑顔を浮かべ、歓喜の声を上げた。
マリア
マリア
もしかしてエリっぺとジェッたん!!?
ジェシカ
ジェシカ
その変なあだ名やめろ!
エリー
エリー
全くもう……マリアったら相変わらずなんだから!
不満を漏らしつつ、それでも二人の客はまんざらでもない様子で微笑んでいた。

*****
マリア
マリア
紹介しますね!
孤児院からの仲良し、エリっぺとジェッたんです!
エリー
エリー
マリア、お願いだから普通の名前で呼んでくれるかな?
ジェシカ
ジェシカ
センスがないんだよ、アンタが考えるあだ名には!
マリア
マリア
えー
不満気に口を尖らせて見せる羊頭。

いつの時代も、お茶の席を囲う娘たちというのは非常にかしましいものである。
マリア
マリア
二人とも酷いなあ……ロッちんは今でも潔くあだ名を受け入れてくれてるのに
ゼル
ゼル
(アイツは許諾したんじゃない、諦めたんだ……)
流石に眼帯の悪魔祓いが不憫に思えてくる。

一方、客人たちは羊頭の発言に目を丸くしていた。
エリー
エリー
ロッちんて……まさかロルフくんのこと?
マリア
マリア
そうだよー
エリー
エリー
孤児院を出て行った後、音信不通でみんな気に掛けていたんだけど……彼は元気なの?
マリア
マリア
元気!よくうちにご飯食べに来るよ!
ジェシカ
ジェシカ
マジで!?アンタらいつの間にデキてたのよ!!?
マリア
マリア
デキ……?
ゼル
ゼル
(……このジェシカという女、何かと言えば直ぐ男女の関係に結び付けたがるな)
それに比べ羊頭ときたら、女同士の【わい談用語≪超初級編≫】にすら付いて行けてない。

この二人がよく友人関係を築けたな、と私は思っていた。
ジェシカ
ジェシカ
じゃあ、コレはアンタとロルフの子供?
ジェシカは私を指さす。
マリア
マリア
えっ、それはナイよ!?
ゼル
ゼル
(両親が悪魔祓いと羊頭なんて……そんな【生まれた瞬間から罰ゲーム】みたいな生涯は嫌だ)
ジェシカ
ジェシカ
じゃあ、ロルフとこの子を両天秤で手玉に取ってるわけね?……マリアにしてはやるじゃない!
マリア
マリア
たぶん違うよ!?
ジェシカの発想の斜め上っぷり、どこか羊頭に通じるものを感じた。

所謂【類友】という奴かも知れない。
マリア
マリア
そういえば二人にまだ紹介してなかったね
羊頭はにっこり微笑むと、おもむろに私の紹介を始めた。
マリア
マリア
この子はゼルくん!
今はこんな姿しているけれど、本当はあの有名悪魔のアザゼルさんなの!スゴいでしょ!?
ゼル
ゼル
…………
エリー
エリー
…………
ジェシカ
ジェシカ
…………
【場が凍り付く】とはまさにこういう場面を指す言葉だろう。

流石の私も羊頭の突拍子もない紹介&カミングアウトに思わず言葉を失ってしまう。

見てみろ、客人らもティーカップ片手にフリーズしてしまっているではないか。
ゼル
ゼル
(あまりに現実離れした内容過ぎて、思考停止に陥ったか……此方としては助かる)
しかし意外や意外。
数十秒後には客人たちは冷静さを取り戻し、打てば響く様な順応性を見せた。
ジェシカ
ジェシカ
なるほど、このチビっこいのがあのアザゼルだったのね!?
どおりで子供のクセに綺麗な顔してるわけだ!
エリー
エリー
良かったね、マリア!
貴女、子供の時からずっと『アザゼルさんに会いたい』て言ってたものね!
マリア
マリア
うん、凄く嬉しい!毎日が楽しい!
三人は和やかに笑い合う。
ゼル
ゼル
(どんな状況だ、これは……)
エリー
エリー
……ところでマリア、今外で物音がしたけれど?お客様がいらしたんじゃない??
マリア
マリア
え?何も聞こえなかったけど……
ジェシカ
ジェシカ
お祈りに来た客かもよ?見てきなさいよ
マリア
マリア
にゃんと!ちょっと見てくるから待っててね!?
羊頭は勢いよく立ち上がると、一目散に部屋を飛び出して行く。

そして客人らは羊頭の足音が遠退いたのを確認するなり、私に深々と頭を下げ始めた。
エリー
エリー
ゼルくん、ごめんなさい!
ジェシカ
ジェシカ
申し訳ない!
ゼル
ゼル
!!?
エリー
エリー
マリアは妙なこと言い出して、驚いたよね?怖かったよね??
ゼル
ゼル
え?い、いや……
ジェシカ
ジェシカ
こんな何処からどー見ても【普通の子】に悪魔呼ばわりは酷いわー!
でもアイツも悪気があって言ってるわけじゃないんだ……病気みたいなもんなのよ
どうやら二人は先程の紹介を【マリアの空想もしくは虚言】だと判断し、話を合わせていたようだ。
そしてマリアの代わりに非礼を詫びている、といった様子。
ゼル
ゼル
(……羊頭にも優しい世界だな。良い友人たちじゃないか)
エリー
エリー
マリアは子供の時からとても賢い子だったけれど、ちょっと夢見がちで変わった一面もあってね……
ジェシカ
ジェシカ
そうそう、何だっけ…………あ、【先生】の話とかね!
ゼル
ゼル
先生?
思ってもいなかったキーワードの出現に、私の関心は一気に傾く。
ゼル
ゼル
それは何の話?教えて!
ジェシカ
ジェシカ
マリアったらチビっこい頃から『先生がねー先生がねー』て喋り出すのがクセだったんだけど……
エリー
エリー
その【先生】って人、実在しないの
ゼル
ゼル
(……オカルトホラーの話か?)
小首を傾げる私に、二人は困り顔で微笑んで見せた。
エリー
エリー
マリアが話す【先生】という人物を、私たちは誰も見たことがないの
ゼル
ゼル
孤児院の人なんじゃないの?
エリー
エリー
私たちがお世話になっていた孤児院は小さくてね、お年を召した神父様とその奥様のお二人で運営してらしたから……マリアのいう【若くて物知りなお兄さん】なんて居ないの
ジェシカ
ジェシカ
だから一時期、アタシたちの間では『マリアにだけ見えるゴーストが居るんじゃないか!?』て噂になったのよ
エリー
エリー
まあ、結局は【マリアの妄想】てことで落ち着いて……
ジェシカ
ジェシカ
マリアのあだ名が【嘘吐き羊】になっただけ
エリー
エリー
今思えば酷いあだ名だけど、本人は平気な顔してたよね
聞く限り微笑ましいエピソードというわけではないが、所詮子供のやったこと。
二人にとっては懐かしい思い出話の様だった。
ゼル
ゼル
(誰も見たことのない【先生】か……その話、もう少し詳しく聞きたいものだな)
折角訪れた【先生を知る機会】だ。
私はそのチャンスを最大限に活かすことにした。

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