図らずしも悪魔祓いを激怒させてしまった日の夜。
すっかり日課と化した【傷の手当て】を施されながら、私はさり気なく悪魔祓いの話題を持ち出した。
元々は羊頭の素性に【探り】を入れるつもりだったのに、気が付けばその羊頭に他人の情報を聞いているとは。
本末転倒もいいところである。
しかしあの悪魔祓いの炎と闇が混ざり合う瞳に、一時的にも全ての関心を奪われてしまったのだから仕方がない。
羊頭は使い古しの包帯をクルクルと巻き取りながら、視線を宙に泳がせる。
羊頭は包帯を巻き終えると、神妙な面持ちで私を見つめた。
その噂話とやらが真実だったとするならば、犯人は恐らく後者ではないか?
私はそう直感した。
そのような事情が悪魔祓いにあったとしたならば、あの悪魔に対する執念と憎悪も納得がいく。
今でも化粧して着飾れば悪魔も欺く美女になるぞ、という話は黙っておこう。
全くもって、このど天然女は無遠慮で行動が軽率だ。
可能ならば時を巻き戻し、幼少期の羊頭にみっちり常識と慎みを叩き込んでやりたい。
丈夫さには定評のある私の堪忍袋の緒が、ブツリと音を立てて千切れた。
私は即座に魔術を解除し、本来の姿を羊頭の前で晒す。
(ちなみに傷の手当て後なので半裸だ)
そしてゆっくりと羊頭に詰め寄った。
大抵の人間はこうすると、恍惚とした熱っぽい視線を私に向ける。
しかし羊頭は平常運転、いつも通りの表情で私を不思議そうに見上げるだけだった。
私の言葉に羊頭は口元を押さえ、『ぷぷぷっ』と笑う。
にわかに信じ難いことだが。
この女は目の前の麗しい半裸の男より、千切れない伸縮性包帯を褒めている。
そして『私ってば気が利くでしょ?賢いでしょ?』と言わんばかりのドヤ顔をしているのだ。
私は子供の姿に戻ると上着を着込み、いそいそとベッドに潜り込む。
私は羊頭の言葉を遮り、その間抜け面を睨む。
オロオロする羊に背を向け、私は眠りに入った。
*****
近頃の私には【ほうき片手に教会の中をうろつく】という新たな日課が生まれつつある。
意外と広い教会をしらみ潰しに探索する為だ。
しかし――
ガチャリ
くすんで錆び付いたドアノブにはご丁寧に鍵がかけられ、中に入ることが出来ない。
こんな部屋がいくつもあるのだから困りものだ。
私は溜め息を吐きながら、長細い廊下を引き返す。
この教会は外観もさることながら、中も大層古めかしい。
壁にはそこかしこにヒビが入り、木製の床は所々朽ちていて危うく踏み抜きそうになることも珍しくない。
辛うじて入れた部屋もあったがそこには人が生活をしていた痕跡すらなく、ただ埃っぽさだけが際立つ空き部屋といった感じだった。
この謎については街の教会へ乗り込んで、神父の一人二人吊し上げて聞き出した方がよほど効率が良い。
しかし私とて悪魔。
聖域である教会へは気軽に踏み込めはしない。
では、何故に現在進行形で教会暮らしが出来ているのかといえば――
私は礼拝堂へ向かうと、祭壇の向こうに置かれた神像を見つめた。
この教会を【廃墟】と呼ぶ所以は、建物の古さだけではない。
聖域としての機能が著しく低下している、というもうひとつの大きな理由がある。
本来教会には神の祝福――悪しき存在を退ける【聖域】という性質が備わっている。
そこらの雑魚悪魔や使い魔は勿論のこと、私の様な高位悪魔ですら簡単に立ち入ることは出来ない。
その聖域の大元となるものが、神の姿を模した神像だ。
人々の祈りと神の力をギュっと凝縮した神像は、例え埃にまみれようが恒久的な効力を発揮する。
視線の先に置かれた比較的コンパクトサイズなこの教会の象徴は、悲しいかな微弱な力しか発していない。
動物で言うならば【虫の息】という奴だ。
その原因は一目瞭然。
神像の肩口から腹部、そして腰にまで到達している亀裂の所為だろう。
そう、この神像は一度真っ二つに破壊されているのだ。
かつて羊頭がそんな発言をしていた。
割った経緯は恐らく羊頭の言う通りだろう。
しかし神像というものは本来、ちょっとやそっとで倒れる様な造りや置き方はされていない。
そして多少欠けたり割れたりした所で効果を失うものでもない。
そこで考えられるのが、
『誰かが意図的に神像を破壊し、何かしら細工して効果を消しているのではないか』
という推測。
更に羊頭の話を踏まえて考えると――
そういえば羊頭に『悪魔アザゼルがこの教会にやって来る』と教えたのも、その先生とやららしい。
丁度その時だ。
礼拝堂にドアのノック音が響き渡った。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。