第13話

ロルフ
マリア
マリア
ロッちん来ていたんですか?
ゼル
ゼル
顔合せなかったのか
マリア
マリア
もう、ロッちんたら!無作法なパン泥棒なんだから!
ゼル
ゼル
まあ、それより……悪魔祓いについて聞きたいことがあるのだが
マリア
マリア
ロッちんについてですか?
……あ!もしかして私からロッちんの弱点でも聞き出して、やっつけてやろうとか思ってます!?ケンカはダメですよ!
ゼル
ゼル
そんな小狡い真似はしないから安心してくれ……
図らずしも悪魔祓いを激怒させてしまった日の夜。
すっかり日課と化した【傷の手当て】を施されながら、私はさり気なく悪魔祓いの話題を持ち出した。

元々は羊頭の素性に【探り】を入れるつもりだったのに、気が付けばその羊頭に他人の情報を聞いているとは。
本末転倒もいいところである。

しかしあの悪魔祓いの炎と闇が混ざり合う瞳に、一時的にも全ての関心を奪われてしまったのだから仕方がない。
ゼル
ゼル
ヤツがどんな子供だったのか……純粋に興味が沸いただけだ
マリア
マリア
なるほどー
羊頭は使い古しの包帯をクルクルと巻き取りながら、視線を宙に泳がせる。
マリア
マリア
ロッちんは私の孤児院時代からのお友達です
ゼル
ゼル
それは知っている
マリア
マリア
ですが、ここ何年かは顔を合わせる機会がなかったですね
ゼル
ゼル
そうか
マリア
マリア
あとは……
私は生まれて間もない頃からの孤児院暮らしですが、ロッちんは10才になるかならないかの頃に孤児院へやって来ました
ゼル
ゼル
ヤツはどうして孤児院に来たんだ?
マリア
マリア
さあ、そこまでは……そういった個人の情報は他の子供たちに教えられることがないので
ゼル
ゼル
そうか
マリア
マリア
でも、噂話ならば聞いたことがあります
ゼル
ゼル
噂話?
羊頭は包帯を巻き終えると、神妙な面持ちで私を見つめた。
マリア
マリア
『ロルフの家族は何者かによって惨殺された』と
ゼル
ゼル
マリア
マリア
更に噂の続きがあって、犯人は盗賊団だったとか?悪魔だったとか?なんてお話も聞きましたね
ゼル
ゼル
…………
その噂話とやらが真実だったとするならば、犯人は恐らく後者ではないか?
私はそう直感した。

そのような事情が悪魔祓いにあったとしたならば、あの悪魔に対する執念と憎悪も納得がいく。
マリア
マリア
あとロッちんは今でこそヤンチャで小生意気なキャラをしてますが、孤児院に来たばかりの頃はとても静かで大人しい――お人形みたいな【美少女】でした!
ゼル
ゼル
お人形?美少女??
マリア
マリア
今でもお顔は綺麗なんですけどね、当時は本当にどこからどう見ても文句の付けようがない美少女でー
ゼル
ゼル
……うん、まあ、そうだろうな
今でも化粧して着飾れば悪魔も欺く美女になるぞ、という話は黙っておこう。
マリア
マリア
何せこの私が!ロッちんの事を半年ほど女の子と思い込んでいたくらいです!
ゼル
ゼル
実にお前らしい、微笑ましいマヌケエピソードだと思うぞ
マリア
マリア
うっかりお風呂も何度か一緒に入ってしまいました
ゼル
ゼル
慎みを持て、ど阿呆
マリア
マリア
でも子供のした事ですし、混浴なんてセーフですよね!
ゼル
ゼル
アウトだ、アウト!!!
全くもって、このど天然女は無遠慮で行動が軽率だ。

可能ならば時を巻き戻し、幼少期の羊頭にみっちり常識と慎みを叩き込んでやりたい。
マリア
マリア
そんなにアウトですか?私、ゼルくんとなら一緒にお風呂入るのもやぶさかではないですよ?
ゼル
ゼル
…………
丈夫さには定評のある私の堪忍袋の緒が、ブツリと音を立てて千切れた。

私は即座に魔術を解除し、本来の姿を羊頭の前で晒す。
(ちなみに傷の手当て後なので半裸だ)

そしてゆっくりと羊頭に詰め寄った。
アザゼル
アザゼル
子供扱いするなと何度言わせるつもりだ?
大抵の人間はこうすると、恍惚とした熱っぽい視線を私に向ける。

しかし羊頭は平常運転、いつも通りの表情で私を不思議そうに見上げるだけだった。
マリア
マリア
いきなり大きくなってどうしたんですか?
アザゼル
アザゼル
……大人の私をお前に見せつける為だ
私の言葉に羊頭は口元を押さえ、『ぷぷぷっ』と笑う。
マリア
マリア
そーゆーのを『大人げない』って言うんですよっ!
アザゼル
アザゼル
!?
マリア
マリア
そんな事より、伸縮性のある包帯にしておいて大正解でした!
こんな風に気まぐれで大きくなったり小さくなったりされたら、包帯が何メートルあっても足りないですからね!
にわかに信じ難いことだが。
この女は目の前の麗しい半裸の男より、千切れない伸縮性包帯を褒めている。

そして『私ってば気が利くでしょ?賢いでしょ?』と言わんばかりのドヤ顔をしているのだ。
アザゼル
アザゼル
…………
私は子供の姿に戻ると上着を着込み、いそいそとベッドに潜り込む。
マリア
マリア
ゼルくん、もうおねむですか?
ゼル
ゼル
…………
マリア
マリア
ではおねむの前に【読み聞かせ】を……
ゼル
ゼル
結構だ!
私は羊頭の言葉を遮り、その間抜け面を睨む。
ゼル
ゼル
雑音で入眠を阻害されたくない
マリア
マリア
ならば一緒に羊を数えながら眠りましょうか!
ゼル
ゼル
羊は頭の悪いのが一匹居れば充分!お前は床で本と寝てろ!
マリア
マリア
ぜ、ゼルくーん!!?
オロオロする羊に背を向け、私は眠りに入った。

*****

ゼル
ゼル
(……結局、羊頭の素性は知れぬままか)
近頃の私には【ほうき片手に教会の中をうろつく】という新たな日課が生まれつつある。

意外と広い教会をしらみ潰しに探索する為だ。

しかし――
ガチャリ

くすんで錆び付いたドアノブにはご丁寧に鍵がかけられ、中に入ることが出来ない。

こんな部屋がいくつもあるのだから困りものだ。
ゼル
ゼル
(この部屋もダメか)
私は溜め息を吐きながら、長細い廊下を引き返す。

この教会は外観もさることながら、中も大層古めかしい。
壁にはそこかしこにヒビが入り、木製の床は所々朽ちていて危うく踏み抜きそうになることも珍しくない。

辛うじて入れた部屋もあったがそこには人が生活をしていた痕跡すらなく、ただ埃っぽさだけが際立つ空き部屋といった感じだった。
ゼル
ゼル
(こんな廃墟に管理者マリアを配置する意味がわからん。ただ留守番をさせたいのなら、入り口に屈強な犬でも繋いでいた方がよほど役に立つだろうしな……)
この謎については街の教会へ乗り込んで、神父の一人二人吊し上げて聞き出した方がよほど効率が良い。

しかし私とて悪魔。
聖域である教会へは気軽に踏み込めはしない。

では、何故に現在進行形で教会暮らしが出来ているのかといえば――
ゼル
ゼル
(この教会が例外中の例外なだけだ)
私は礼拝堂へ向かうと、祭壇の向こうに置かれた神像を見つめた。

この教会を【廃墟】と呼ぶ所以は、建物の古さだけではない。
聖域としての機能が著しく低下している、というもうひとつの大きな理由がある。

本来教会には神の祝福――悪しき存在を退ける【聖域】という性質が備わっている。
そこらの雑魚悪魔や使い魔は勿論のこと、私の様な高位悪魔ですら簡単に立ち入ることは出来ない。

その聖域の大元となるものが、神の姿を模した神像だ。
人々の祈りと神の力をギュっと凝縮した神像は、例え埃にまみれようが恒久的な効力を発揮する。
ゼル
ゼル
(しかし、この神像は……)
視線の先に置かれた比較的コンパクトサイズなこの教会の象徴シンボルは、悲しいかな微弱な力しか発していない。
動物で言うならば【虫の息】という奴だ。

その原因は一目瞭然。
神像の肩口から腹部、そして腰にまで到達している亀裂の所為だろう。

そう、この神像は一度真っ二つに破壊されているのだ。
マリア
マリア
お引越しの時にうっかり倒して割ってしまったんです!
急しのぎで先生が直してくれましたが……本部の神父様に知られたら怒られてしまうので、他言無用ですよ!?
かつて羊頭がそんな発言をしていた。
割った経緯は恐らく羊頭の言う通りだろう。

しかし神像というものは本来、ちょっとやそっとで倒れる様な造りや置き方はされていない。
そして多少欠けたり割れたりした所で効果を失うものでもない。

そこで考えられるのが、
『誰かが意図的に神像を破壊し、何かしら細工して効果を消しているのではないか』
という推測。

更に羊頭の話を踏まえて考えると――
ゼル
ゼル
(怪しいのは【先生】とやらか……)
そういえば羊頭に『悪魔アザゼルがこの教会にやって来る』と教えたのも、その先生とやららしい。
ゼル
ゼル
(その男にも一度会ってみなければいけないな……)
丁度その時だ。

礼拝堂にドアのノック音が響き渡った。