羊頭発【理解不能発言トップランキング】の上位争いに、本日二度目の大きな変動が起こった。
特段挙動不審な様子もなく、羊頭は淡々と言葉を続ける。
【介護】という言葉を直ぐにでも訂正させたかったが、今は羊頭の言語不自由さを指摘している場合ではない。
私は極力冷静を装い、真っ直ぐ羊頭を見据えた。
【あの男】とは、勿論ルシファーのことだ。
私の言葉に羊頭はくすくすと小さく笑う。
羊頭の言葉に私は絶句した。
悪魔であるルシファーに教会関係者のツテなどあるハズがない。
お前はあの男に騙されているんだ――そう言い掛けた私の言葉を遮る様に、羊頭は話を続けた。
羊頭の羊頭らしからぬ発言に、私は苛立った。
私の言葉に羊頭は一寸動きを止める。
が、直ぐににこやかな笑顔を浮かべると、平然と言葉を続けた。
そんなにあっけらかんと言われたら、此方としては怒る気持ちすら起きないではないか。
まだ何か言いたげな羊頭を残し、私は二階の寝室へと上がった。
そして灯りも付けぬままベッドへと倒れ込む。
生涯で初めて知った胸の痛み。
そして羊頭との別離に私はこれでもかと打ちのめされていた。
*****
「マリアに私とキミのどちらかを選ばせよう」
魔王ルシファーに持ち掛けられた提案。
それを了承してしまった自分を、私は激しく呪っていた。
今のところ【羊頭がルシファーを選んだ】という確証はない。
ただわかっていることは【羊頭は私を選ばなかった】という事実だけだった。
溜息。
溜息。
最後に特大の溜息をひとつ。
穴があったら入りたい――いや、穴を掘ってでも隠れたい気分だ。
しかし今の私には穴を掘る気力すら残っていない。
私はベッドに突っ伏したまま、ふて寝をしていた。
そのままどのくらいの時間が経過しただろうか。
小さな物音で私は目を覚ます。
恐らく羊頭が入浴を済ませ、寝室に上がって来たのだろう。
私は羊頭に気付かれぬ様に薄目を開け、ヤツの様子を窺った。
羊頭はランプを机に置くと、ベッドサイドに座り込む。
控え目な声のボリュームから察するに、羊頭は私の狸寝入りに気付いてはいない。
ただ、一応声を掛けてみる……といった感じだった。
私は寝返りをうつフリをし、羊頭に背を向けた。
大人げなく無視をしていることに罪悪感を感じる。
しかし今夜はいつもの様に羊頭と言葉を交わせる自信がなかった。
羊頭は暫し沈黙をし、そしてボソボソと私の傍らで呟く。
胸の内で毒づいていると、不意に温かなものが私の背に触れた。
大きさや温度から考えるに、恐らく羊頭の手の平だろう。
その晩、羊頭は私の寝床に潜り込むことなく就寝した。
*****
翌朝。
私は起床すると普段通りに身支度を整え、床に寝転がる羊頭を足先で突いた。
それにしても固い床上で本にまみれ、よくもこう熟睡出来るものだ……。
包まっていた毛布を剥ぎ取ると、羊頭は寝惚け眼で起き上がる。
そこで漸く羊頭の大きな瞳がパカッと開かれる。
いつもとさして変わらぬ朝。
それが私と羊頭の【最後の日常】の始まりだった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。