第7話

優しい嘘
悪魔祓いから受けた傷で昏睡する事、数日。
目覚めてからも二日はベッドから立ち上がれなかった。
身体の回復がここまで遅い事など、これまでに前例がない。

考えられる理由は二つ。
特製の聖水がよほど強力だったのか。
はたまた教会の中で魔力が損なわれている所為か。

どちらにせよ、いつまたあの悪魔祓いがやって来るかわからない状況だ。
一刻も早く回復し、翼を使用出来る状態に戻りたかった。
アザゼル
アザゼル
(万が一の際は、この【非常食】を喰らってでも……)
マリア
マリア
ゼルくん、痛かったですか?
体力、魔力の急場しのぎに人間を喰らうのはよく知られている方法だ。
特にこの羊頭の魂は美しく大きい。
丸飲みでもしようものなら、数百年は断食しても問題ないだろう。

羊頭は非常食扱いされているとも知らず、今日も健気に私の世話を焼いていた。
ゼル
ゼル
大丈夫、平気
マリア
マリア
痛かったら遠慮なくいってくださいね?痛い時は思い切り泣いたり痛がると気が紛れるそうですよ!
ゼル
ゼル
結局は我慢しろってか
羊頭は日に二度、こうして私の怪我の手当てをしてくれる。
来る日も来る日も私の身体を拭き、薬を塗り、新たな包帯を巻く。
ゼル
ゼル
……ひとつ聞きたいんだが
マリア
マリア
なんですか?
ゼル
ゼル
その、いつも塗ってる薬はどんなのだ?
マリア
マリア
ああ、これはベトベトの……うふふ、秘密です♪
言い掛けて途中で誤魔化するな、不安になる。

そもそも人間の薬が私に効果的なのかも怪しい所だが、今はその薬と羊頭を信用するしかなかった。
マリア
マリア
このお薬は私の先生が調合したものなので、良く効きますよ!
ゼル
ゼル
先生?医者か?
マリア
マリア
いえ、ずぶのど素人です
ゼル
ゼル
勘弁してくれ
マリア
マリア
でもとても物知りで、信頼出来る人ですよ!私が孤児院に居た時からの付き合いなのです!
ゼル
ゼル
アンタ、孤児だったのか?
マリア
マリア
はい、赤ちゃんの時に教会の前に捨てられていたそうですよ
ゼル
ゼル
……ふうん
何とも胸糞の悪い話を聞いてしまった。
しかし当の羊頭はあっけらかんと語る――それはまるで他人事の様にも聞こえた。
マリア
マリア
両親にもきっと何か特別な事情があったのでしょうね!
ゼル
ゼル
……恨んでないの?
マリア
マリア
全然!逆に感謝しているくらいです!
ゼル
ゼル
感謝?
マリア
マリア
赤ちゃんを捨てようと思えば、何処にだって捨てられたはずです。だけど私の親は人通りの多い教会の前に捨てて行った……それは『誰かに見つけて欲しい』『育てて欲しい』て思ったからでしょう?それも立派な親の愛なんじゃないかな?って。一瞬でも愛して貰えてたなら、私はそれでもう満足なんです
羊頭は屈託なく微笑む。
マリア
マリア
ま、これは先生が解説してくれた事を自分なりに考察した果ての解釈なんですけどね!
アザゼル
アザゼル
(その【先生】とやらも綺麗事を並べ、上手く羊頭を丸め込んだものだ)
この羊頭を産み捨てた親と【都合の良い解釈】を教えた先生とやらに対して、私は理由なき苛立ちを感じていた。
マリア
マリア
ゼルくんにも早く先生を御紹介したいです
ゼル
ゼル
…………
マリア
マリア
先生のお薬でゼルくんこんなに良くなったんですもの、お礼をいわなくちゃ
ゼル
ゼル
そんなに酷い怪我だったのか?
マリア
マリア
教会に来た当初はそれはそれは酷い怪我でしたよ!大きな火傷といった感じでジワジワ血は止まらないし、ゼルくんお熱出すし……
ゼル
ゼル
そうか……今はどうなってるんだ?
マリア
マリア
今はやっと傷も乾燥し始めて、新しい皮膚が頑張っている所ですね!
アザゼル
アザゼル
(それではまだ翼を出せないな……)
今の状態で無理矢理翼を出そうものならたちまち背中は引き裂かれ、今度こそ死を迎えるやも知れない。
アザゼル
アザゼル
(全く厄介なものを作ったものだ、あの男は)
何一つままならず、焦燥感だけが募って行く。

そんな私を見透かした様に、羊頭はゆっくりと包帯を巻き取りながら呟いた。
マリア
マリア
……ダメですよ、焦りは禁物です