第15話

それはジェラシーですか?
マリア
マリア
もー!誰も居なかったじゃないですか!
慌てて行って損した……て、あれ???
ぷりぷり怒りながら、礼拝堂から戻って来る羊頭。

しかし部屋に入るなり、ぽかんとアホ面を晒すハメになる。
アザゼル
アザゼル
お帰り、マリア……お邪魔しているよ?
にこりと微笑みかけると、羊頭は目を白黒させて動揺を見せた。
マリア
マリア
ア……アザゼルさん!?
アザゼル
アザゼル
そんなに驚いてどうしたんだ?
マリア
マリア
どうしたもこうしたも……いきなり大人悪魔バージョンになって!何してるんですか!!
アザゼル
アザゼル
悪魔?何のことだろうか……
マリア
マリア
すっとぼけないでください!
声を荒らげる羊頭。

するとその倍の勢いで、客人二人が同時に口を開く。
ジェシカ
ジェシカ
マリア、いい加減妄想止めな!此方のクソイケメン様がお困りじゃないか!!
エリー
エリー
そうよ、普通の人を悪魔呼ばわりするなんて良くないわ!
マリア
マリア
なっ……!?
女同士の優しい世界も、友情も、私というクソイケメンの前ではこんなにも儚いものだとは……。

一方、羊頭は血の気の引いた顔でわなわなと震えていた。
マリア
マリア
エリっぺ!ジェッたん!
よくよくその人の頭を見て!立派な……ツノ?が生えてるでしょ!?
エリー
エリー
……ツノ?
二人客人の視線が私の頭部に集まる。

そして二人はほんのり頬を染めると、羊頭に視線を戻した。
ジェシカ
ジェシカ
なに寝言いってんの!ツノなんてあるわけないでしょ!?
マリア
マリア
……あ、あれ?
アザゼルさん、ツノ何処に隠したんですか!?
アザゼル
アザゼル
はて、何のことだろうか?
マリア
マリア
!!!
ツノなんぞ隠すに決まってるだろう、【人間の男】と偽っているのだから。

ちなみに変化はツノだけではない。
髪の長さも微妙な色味も、服装や雰囲気だって本来の姿から変えている。
ありのままなのは顔や手足の長さだけだ。

私にとって人に化けることも、人も惑わすことも、造作もないこと――羊頭はそれを失念している様だった。
ジェシカ
ジェシカ
それにしてもマリアにこんなクソイケメンの知り合いが居たなんて……三股とか生意気過ぎるわ!
マリア
マリア
!!?
エリー
エリー
ゼルくんのお兄さんなんですってね!
マリア
マリア
!!!!?
アザゼル
アザゼル
ええ、弟共々シスターにはいつもお世話になっていて……感謝しています
私がにこりと微笑めば、二人の客人はやおら頬を赤らめ微笑みを返してくる。
これが私を見た時の、極々一般的なご婦人たちの反応だ。

それに比べ羊頭ときたら私の微笑に反応するどころか、怒りに満ち満ちた顔で此方を睨んでいるではないか。
マリア
マリア
ま、まあ、いいですよ……三人は私を除け者にして、面白おかしくどんな話をしていたのですか!?
アザゼル
アザゼル
(いよいよ面倒な絡み方して来たな……)
エリー
エリー
除け者なんて酷い言い方しないで、マリア!
ジェシカ
ジェシカ
そうよ、ただちょっと昔話をしてただけよ!
マリア
マリア
昔話?
アザゼル
アザゼル
そう、例えば――先生の話とか、ね?
マリア
マリア
私の発言に羊頭の顔が一瞬強張ったような気がした。
*****

そろそろ夕刻という頃。
早めの帰路につく友人たちを見送ると、羊頭はそっと礼拝堂のドアを閉めた。
アザゼル
アザゼル
久々の再会だ、夕食くらい振舞っても良かったのではないか?
マリア
マリア
そう思うならアザゼルさんが誘えば良かったのでは?
その方が二人も喜んだと思いますよ?
羊頭にしては妙に突っ掛かる物言いをしてくれるではないか。

私は礼拝堂の長椅子に腰掛けながら、深々と溜息を吐いた。
アザゼル
アザゼル
この姿で彼女らの前に出たのが、そんなにも気に喰わないのか?
マリア
マリア
親友を誑かすのを止めて欲しいだけです……って、あー!ツノ!!
ありのままの姿で寛ぐ私を見るなり、羊頭は非難の声を上げる。
マリア
マリア
先程まで隠していたくせに、今更出すなんて!卑怯者!
アザゼル
アザゼル
お前の前で姿を偽っても無意味だろ
マリア
マリア
そりゃ、そうですけどっ!
羊頭はフグの様に頬を膨らませ、不貞腐れている。

これでは【精神年齢子供並み】と言われるのも仕方のないことだ。
マリア
マリア
もうひとつ、物申したいことがあります!
アザゼル
アザゼル
なんだ?
マリア
マリア
……人間に化けてまで先生のことを探る理由は何ですか?
どうやら私の本意に気付いていた様だ。
この羊頭、たまに鋭いから扱いが難しい。
マリア
マリア
エリっぺとジェッたんに私と先生のことを聞いていたんでしょう?
その理由を教えてください!
アザゼル
アザゼル
(理由……それはお前と教会に不信感があって……いや、決してお前を信用していないわけではないのだが)
マリア
マリア
黙っていないで答えてください!
アザゼル
アザゼル
あ、ああ……
マリア
マリア
先生の話が聞きたいのなら、直接私に聞けばいいじゃないですか!
アザゼル
アザゼル
(それが出来たらこんな回りくどいことなどしないわ、バカ羊!)
マリア
マリア
そもそも、どうして急に先生に興味を持たれたんですか!?
アザゼル
アザゼル
それは……
マリア
マリア
もしかして、私と先生の関係に嫉妬されているんですか!!?
アザゼル
アザゼル
………………ん?
天地創造の時代から、幾星霜。
だいぶ長らく生きて来たものだが、この瞬間ほど人間の言語を理解出来なかったことはない。

羊頭の言葉に私の脳内は白紙と化す。
アザゼル
アザゼル
私が……嫉妬?どうしてだ??
マリア
マリア
だから、私と先生の仲良しさに……ですよ!
例えるなら、『親しい友人が仲良くしている見ず知らずの文通相手にめらめらジェラシー!』みたいな?
アザゼル
アザゼル
……すまん、理解出来ない
羊頭は首を振りながら、仰々しく溜息を吐く。
マリア
マリア
自覚ナシですか……これだから天然ピュア悪魔さんはダメなんですよう!
アザゼル
アザゼル
…………
マリア
マリア
まあ、安心してください。私と先生はアザゼルさんが心配する様な関係ではありません!
先生はただの人畜無害な若作りなので、一度会ってみたら……
話の途中だったが、私は立ち上がり羊頭に背を向ける。
そして礼拝堂の出入口へと向かった。
マリア
マリア
……アザゼルさん?
引き止めようとする羊頭の手を、私は振り払う。
アザゼル
アザゼル
…………勘違いするなよ、人間
マリア
マリア
え?
頭が白紙化し、思考停止に陥った私。
その口は私の意思と関係なく、勝手に言の葉を紡いで行った。
アザゼル
アザゼル
私の心がお前如きに乱されると思っているのか?ならば自惚れも甚だしいな
マリア
マリア
ご、ごめんなさい……
アザゼル
アザゼル
(私は人間の小娘相手に何を口走っているのだ……どうかしてる。冷静にならねば……)
マリア
マリア
待ってください!その姿で何処へ行くつもりですか!?
アザゼル
アザゼル
…………
そんな質問をされた所で、今は答えようがない。
私は羊頭の問い掛けに答えることなく、礼拝堂を後にした。

立ち尽くす羊頭がどんな表情をしているかも知らずに――。


*****
マリア
マリア
(どうしよう、アザゼルさんを本気で怒らせちゃった……これってもしかして、家出!?)
アザゼルの居なくなった礼拝堂で、マリアはオロオロと狼狽していた。

そしておもむろに神像(修復済み)に向かい、祈り始める。
マリア
マリア
(困った時の神頼み!……神様、どうかアザゼルさんが帰って来ますように)
マリア
マリア
(アザゼルさんが……私のことを嫌いになっていませんように)
マリア
マリア
(アザゼルさん……)
じわりと目尻に滲む涙を拭うマリア。
その時、不意に礼拝堂のドアが開く。
マリア
マリア
喜びと期待の眼差しで振り返るマリア。

しかしそこに立っていたのは、残念ながらマリアが切望する人物ではなかった。
???
やあ、マリア――泣きそうな顔をして、どうしたんだい?
マリア
マリア
……せんせぇ
夕刻の西日に照らされたその人物は白銀の髪を橙に輝かせ、柔らかく微笑んでいた。
先生
先生
悩み事なら相談にのるよ?