ぷりぷり怒りながら、礼拝堂から戻って来る羊頭。
しかし部屋に入るなり、ぽかんとアホ面を晒すハメになる。
にこりと微笑みかけると、羊頭は目を白黒させて動揺を見せた。
声を荒らげる羊頭。
するとその倍の勢いで、客人二人が同時に口を開く。
女同士の優しい世界も、友情も、私というクソイケメンの前ではこんなにも儚いものだとは……。
一方、羊頭は血の気の引いた顔でわなわなと震えていた。
二人客人の視線が私の頭部に集まる。
そして二人はほんのり頬を染めると、羊頭に視線を戻した。
ツノなんぞ隠すに決まってるだろう、【人間の男】と偽っているのだから。
ちなみに変化はツノだけではない。
髪の長さも微妙な色味も、服装や雰囲気だって本来の姿から変えている。
ありのままなのは顔や手足の長さだけだ。
私にとって人に化けることも、人も惑わすことも、造作もないこと――羊頭はそれを失念している様だった。
私がにこりと微笑めば、二人の客人はやおら頬を赤らめ微笑みを返してくる。
これが私を見た時の、極々一般的なご婦人たちの反応だ。
それに比べ羊頭ときたら私の微笑に反応するどころか、怒りに満ち満ちた顔で此方を睨んでいるではないか。
私の発言に羊頭の顔が一瞬強張ったような気がした。
*****
そろそろ夕刻という頃。
早めの帰路につく友人たちを見送ると、羊頭はそっと礼拝堂のドアを閉めた。
羊頭にしては妙に突っ掛かる物言いをしてくれるではないか。
私は礼拝堂の長椅子に腰掛けながら、深々と溜息を吐いた。
ありのままの姿で寛ぐ私を見るなり、羊頭は非難の声を上げる。
羊頭はフグの様に頬を膨らませ、不貞腐れている。
これでは【精神年齢子供並み】と言われるのも仕方のないことだ。
どうやら私の本意に気付いていた様だ。
この羊頭、たまに鋭いから扱いが難しい。
天地創造の時代から、幾星霜。
だいぶ長らく生きて来たものだが、この瞬間ほど人間の言語を理解出来なかったことはない。
羊頭の言葉に私の脳内は白紙と化す。
羊頭は首を振りながら、仰々しく溜息を吐く。
話の途中だったが、私は立ち上がり羊頭に背を向ける。
そして礼拝堂の出入口へと向かった。
引き止めようとする羊頭の手を、私は振り払う。
頭が白紙化し、思考停止に陥った私。
その口は私の意思と関係なく、勝手に言の葉を紡いで行った。
そんな質問をされた所で、今は答えようがない。
私は羊頭の問い掛けに答えることなく、礼拝堂を後にした。
立ち尽くす羊頭がどんな表情をしているかも知らずに――。
*****
アザゼルの居なくなった礼拝堂で、マリアはオロオロと狼狽していた。
そしておもむろに神像(修復済み)に向かい、祈り始める。
じわりと目尻に滲む涙を拭うマリア。
その時、不意に礼拝堂のドアが開く。
喜びと期待の眼差しで振り返るマリア。
しかしそこに立っていたのは、残念ながらマリアが切望する人物ではなかった。
夕刻の西日に照らされたその人物は白銀の髪を橙に輝かせ、柔らかく微笑んでいた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。