第10話

夜は明けて
あの日の様に月が綺麗な夜だった。
私は初めてマリアと出逢った教会の入口で、静かに悪魔祓いを待つ。


そして約束の時間。
律儀にも時間ピッタリに悪魔祓いは私の前へやって来た。
ロルフ
ロルフ
たまげた、本当に来てるとはな……てっきりガキの姿で雲隠れでもするかと思ったぜ
アザゼル
アザゼル
(……やはり気付かれていたか)
ロルフ
ロルフ
今日こそ逃がさねえから、覚悟しろよ
悪魔祓いは小銃を両手に構え、不敵に微笑む。
ロルフ
ロルフ
奮発して弾をしこたま持って来たんだ、朝まで遊び尽くそうぜ色男
アザゼル
アザゼル
それでは私もとっておきをお見せしよう
私は数歩前に出ると、背中から一対の黒翼を広げて見せた。
私の姿に悪魔祓いは苦々しい表情を浮かべる。

ロルフ
ロルフ
背中は焼け野原にしてやったハズだが
アザゼル
アザゼル
ああ、貴様の聖水は良く効いた。お陰で回復に時間が掛かったよ……それなのに貴様が私を急かすから……
私の言わんとしている事を察したのか、悪魔祓いの瞳に怒りの炎が灯る。
ロルフ
ロルフ
てめえ、あのシスターを喰ったのか!?
アザゼル
アザゼル
ああ、喰ったよ
何処までも優雅に、冷徹に――言葉ではなく態度で相手の怒りを煽る。
アザゼル
アザゼル
私好みの味ではなかったが、手傷を治すには『あの程度』で充分だった
ロルフ
ロルフ
このゲス野郎が!
悪魔祓いは狙いも定めず私に向けて発砲する。
無論、そんな弾が当たるはずもない。
アザゼル
アザゼル
(単純だな……せいぜい無駄撃ちするといい)
ロルフ
ロルフ
そうやってお前ら悪魔は人間を玩具にして、都合勝手で殺す!殺される者の痛みも、遺された者の悲しみも知らずに!
アザゼル
アザゼル
では、私も貴様に問おう……貴様ら人間は家畜を屠る時、家畜の気持ちを考えるのか?家畜の痛みや苦しみを考えながら肉を喰っているのか?
ロルフ
ロルフ
なに屁理屈こねてやがる、糞野郎が!地獄へ堕ちろ!
悪魔祓いは今度こそとばかりに私の心臓めがけ銃弾を放つ。

アザゼル
アザゼル
(まともに喰らってはいけない代物だろうな)
私は黒翼から一片の羽根を毟ると、それに一息吹きかける。
すると羽根はたちまち一本の剣へと姿を変えた。

その剣で私は悪魔祓いの銃弾を払い除ける。
ロルフ
ロルフ
……ハハ、すげえなその羽根!やっぱまずは黒翼から潰しておくか!
悪魔祓いは尋常でない素早さで銃をホルスターに戻すと、すかさず懐から小型ナイフを取り出し黒翼目掛け投げる。
正確なコントロールで投げられたナイフは黒翼に深々と突き刺さった。

その瞬間、私の身体に憶えのある激痛が走る。
アザゼル
アザゼル
(この痛みと熱感は……)
ロルフ
ロルフ
そう、そのナイフは聖水と同じ小細工が施してあるんだぜ!
アザゼル
アザゼル
(避けたつもりだったんだがな……やはりこの体、所詮付け焼刃か)
地に片膝を付いた私に、悪魔祓いの高笑いが届く。
ロルフ
ロルフ
弱い、弱過ぎるぞ悪魔!死んだらもう片方の羽根も杭打ちして、悪魔という羽虫の標本にしてやるからな!
アザゼル
アザゼル
(ここまでか……想像以上に持たなかったな)
今の私は弱い。
悪魔祓いから見れば、赤子も同然だ。

ゆえに、最初から長期戦を望める状態ではなかった。
勝算もゼロだった。



――ただ私はこの場所で最期を迎えたかっただけなのだ。
アザゼル
アザゼル
(マリアが眠るその傍で、私も永遠の眠りにつきたかった)
ロルフ
ロルフ
アザゼル、地獄でまた会おうぜ
悪魔祓いは今一度銃を構えると、私の心臓に銃口を向けた。
アザゼル
アザゼル
(マリア、最期に一目お前を――)
今際の際に頭を過るのは、あの屈託のない笑顔。
こんなにも焦がれていると今更気付くとは……何と情けない男だろうか。



願わくば、最期に一目――。





マリア
マリア
こらー!夜中に人の家の前で何をしてるんですかー!
アザゼル
アザゼル
…………
羊頭は鬼の形相で駆け寄ると、私と悪魔祓いの間に立ちはだかった。
ロルフ
ロルフ
え?シスター……の怨霊か?今度こそ成仏してくれ!
マリア
マリア
れっきとした生身ですよ、失礼な!
ロルフ
ロルフ
……そこにいる悪魔に喰われて死んだんじゃねえのか?
マリア
マリア
喰われてませんよ!あ……甘噛みされただけです!!
羊頭は夜目でもわかるくらいに頬を赤らめると、恨みがましい目で此方を見つめてくる。
マリア
マリア
私が気絶している間に、何て事をしてるんですか……
羊頭は跪く私の前に座ると、両の手で私の手を取った。
マリア
マリア
あなたの嘘は下手くそ過ぎます
アザゼル
アザゼル
……お前にだけはいわれたくない
羊頭は私の手を強く握り、瞳に涙を滲ませていた。
……私はどうも羊頭の涙に弱い。
ロルフ
ロルフ
おいおいおい、一体何だってんだよ……
頭をバリボリと掻きながら、悪魔祓いは溜息を吐いた。
その悪魔祓いを羊頭はキッと見据える。
マリア
マリア
悪魔祓いさん、今日の所はこの悪魔さんを見逃してくれませんか?
ロルフ
ロルフ
は?ここまで追い詰めたのに何でだよ!
マリア
マリア
この悪魔さんは怪我をしていてまだ回復し切っていないのです
ロルフ
ロルフ
馬鹿か、弱ってる時だから倒すんだろ
マリア
マリア
ふぅん、そっかあ……
羊頭頭の顔からスッと表情が消え、冷ややかな瞳が悪魔祓いを見つめていた。
マリア
マリア
つまりアレですか?『ハンデがないと悪魔さんに勝てない』という事ですか?
ロルフ
ロルフ
……あ?なんだって?もう一回いってみろや
マリア
マリア
フェアじゃないっていってるんですよ!
ロルフ
ロルフ
悪魔相手にフェアもクソもあるかってんだよ!
マリア
マリア
この人は悪い悪魔じゃありません!だから決闘も正々堂々やるべきなんです!
ロルフ
ロルフ
悪くない悪魔ってなんだよ!んなもんいねえよ!
マリア
マリア
少なくともこの悪魔さんは当分悪さはしません!神に誓って宣言しますよ!!
ロルフ
ロルフ
何を根拠に寝言いってんだ!
マリア
マリア
私が生きてる限り、この人に悪さはさせませんから!
ロルフ
ロルフ
アンタが何といおうが、悪魔は腹が空けば人を喰う。腹が空かなくとも人を喰う。そういう害悪なんだよ!
マリア
マリア
エサはこの私がチビチビ与えて行くので、ご心配は要りません!
アザゼル
アザゼル
……エサって
羊頭の瞳が今度は私を射抜く。
マリア
マリア
アザゼルさん!
アザゼル
アザゼル
は、はい
マリア
マリア
もうこの先当分は私以外の魂を食べないって約束出来ますか!?
アザゼル
アザゼル
それを続けたらお前の魂が……
マリア
マリア
で・き・ま・す・か?
アザゼル
アザゼル
……わかった、誓う
あまりの気迫に私は首を縦に振る事しか出来なかった。
そして羊頭は悪魔祓いに視線を戻す。
マリア
マリア
……というわけで、貴方があの人を退治する大義名分は今の所なくなりました。休戦協定を結びません?
ロルフ
ロルフ
アホいうな、俺の邪魔をするならお前ごと悪魔を撃ち抜いて殺すぞ!?
悪魔祓いは銃口を羊頭の心臓に向ける。
が、相も変わらず羊頭は銃如きに怯みはしない。
マリア
マリア
全く話が通じない人ですね……
羊頭は普段と変わらぬ微笑みを浮かべながら、グィと銃身を握り締める。
そして悪魔祓いに近付くと低く呟いた。
マリア
マリア
相変わらず頭がカッチカチですね、【ロッちん】は
ロルフ
ロルフ
!!!?
マリアの呟きで悪魔祓いの顔色が一変したのを、私は見逃さなかった。
――というか、誰が見てもわかるくらいに、悪魔祓いは狼狽していた。
ロルフ
ロルフ
その忌々しく、センスのないあだ名は……もしや、てめえ……!
アザゼル
アザゼル
……知り合い、なのか?
マリア
マリア
ええ、ロッちんは私と同じ孤児院で、10才までおm
ロルフ
ロルフ
シャラーーーーーーーップ!
悪魔祓いは気でも違ったかの様に大声を出すと、銃をホルスターに戻した。
ロルフ
ロルフ
わかった!今日の所は【嘘吐き羊】に免じて帰ってやる!でも俺はアザゼルを諦めないからな!!
マリア
マリア
次はお昼間に来てくださいね!お茶くらいは出してあげますからー!
ロルフ
ロルフ
うっせえ!!!!!!!!
悪魔祓いは捨て台詞を吐くと、脱兎の如く私たちの前から姿を消した。
その背中を見送り、羊頭は私に視線を戻す。
マリア
マリア
お怪我は大丈夫ですか?
アザゼル
アザゼル
ああ……なんとか
マリア
マリア
貴方にはいいたい事もお説教も山ほどあるんですが、まずは怪我の手当てをしないと
羊頭は何ともいえない、今にも泣き出しそうな表情で手を差し伸べてきた。
マリア
マリア
助けて欲しくば私と追加の約束をしてください
アザゼル
アザゼル
お前は交換条件ばかり出してくるな……悪いシスターだ
マリア
マリア
悪くて結構……まずは私の前からいきなり居なくならないでください
アザゼル
アザゼル
……わかった
マリア
マリア
あと、私の知らない所で死のうとしないでください
アザゼル
アザゼル
……わかった
マリア
マリア
最後に――お掃除は貴方がやってください。貴方が居ないと流石にお部屋が汚れます
アザゼル
アザゼル
まかせろ
私の返答に羊頭は満足気に微笑む。
マリア
マリア
宜しい!それではまず、可及的速やかに応急処置からしましょうか……
アザゼル
アザゼル
宜しく頼む
マリアは私を抱き締め、僅かに恥じらいながらゆっくり唇を重ね合わせてくる。
接吻は魂を喰らう行為。
しかしそれは酷く温かく、優しい味だった。
マリア
マリア
アザゼルさんの翼、とても綺麗なんですね



*****

世の中には思いもよらぬ事がまま起こる。

例えば教会に悪魔が住み付いてみたり。
例えば悪魔と悪魔祓いがひとつのテーブルで食事をしてみたり。
マリア
マリア
さあ、二人ともたんと召し上がれ!
目の前に置かれた【野菜ゴロゴロ過ぎスープ】に、私と悪魔祓いの表情は凍り付く。
ロルフ
ロルフ
またコレかよ!肉はねーのか、肉は!
マリア
マリア
お肉ちゃんはコトコト煮込まれて、そのスープの中で溶けちゃいました
ゼル
ゼル
(……絶対嘘だ)
ロルフ
ロルフ
こんな飯ばっかじゃ栄養不足で治るモンも治らねえよなあ?チビゼル
ゼル
ゼル
その呼び方、止めろ
悪魔祓いは己の皿からニンジンの塊を拾うと、此方の皿に放り投げてくる。
ゼル
ゼル
ニンジンくらい残さず喰え
ロルフ
ロルフ
それよりさ、早くチュッチュしてさっさと怪我してさっさと俺に殺されてくれねえかな?
『黙っていれば見てくれの良い顔』が下世話な笑みを浮かべ、此方を見てくる。

私とていつまでも傷の治療を続けたくないし、子供の姿にもウンザリしている。
そして出来る事なら今直ぐにでもこの悪魔祓いの首を捻り切りたい気持ちが溢れている。

しかし、だ。
マリア
マリア
この間は緊急事態の特別です!ゼルくんは照れ屋で思春期で、第二時性徴期なので破廉恥な行為はもう出来ません!
ロルフ
ロルフ
――だってよ?
マリア
マリア
それにゼルくんは私の家族!弟みたいなものですし!
ロルフ
ロルフ
――だってよ??
ゼル
ゼル
煩い、黙れニンジン頭
シスターに片恋する悪魔の話など、誰が信じてくれるだろうか――。