音が色を纏い、星のカケラのように舞い上がり、全身に降り注ぐ。
音の星が肌に触れた途端、じんわりと染み込んで胸がじんと熱くなる。
テヒョンの奏でる音は、ただの旋律じゃない、心の奥を直接撫でるような響きがあった。
会う前は、一発殴って、黙って出て行った理由を問いただしてやろうと思っていた。
だけど、テヒョンが奏でるサックスの音色に完全に戦闘意欲を奪われて、ただ聴き入ってしまった。
音が途切れてもその熱は肌に残って、ジョングクの心を揺さぶり続けた。
だから、名前を叫んだんだと思う。
理屈なんてない。
ただ、もう一度声が聴きたかった。
そのせいで、逃げられて、知らない奴と取っ組み合いの喧嘩になって、腕相撲までする羽目になるなんて思いも寄らなかったが。
お陰で右手が痛くて使い物にならない。
こんなところで、普段の筋トレが役に立つとは思わなかった。
「……タナはテヒョンか…」
タクシーの運転手は、陽気なラテン系の音楽に体を揺らしながら、ハンドルを握っている。
ジョングクは、運転手の鼻歌を聴きながら、地平線に沈む太陽を、自分の心と照らし合わせながら見つめた。
ホテルの手前にあるバーガー屋でタクシーを降りて、チーズバーガーセットを注文してテイクアウトした。
そのままホテルに戻る気にもなれず、海沿いの遊歩道を歩きながら、袋の中に手を伸ばす。味は美味しいけど、肉の硬さのせいか喉を通らない。肉の硬さのせいだけではない。なんだか胃もむかむかしてきた。
空いてるベンチに座って、食べかけのバーガーを持ったまま海を眺める。
地平線へ沈んだ太陽は、白い光の線だけを残して、柔らかく光る月へとバトンタッチする。
空は、水色から藍色へと深まり、小さな星たちが顔を出し始めた。
しばらく空と海の境を、ただじっと眺めていると、白い光の線は夜に覆われて、完全に海と空が一つになった。
ジョングクはずっと、「タナ」を夜みたいな人だと思っていた。
華やかな見た目と違って、大きな瞳の奥には、夜の空のように深い藍色を宿している。
時の流れを静かに待つ人。
何もせず、何にも心を揺らさず、ただじっと時が過ぎるのを待つ。
どこか遠くに大切なものを置いてきた。そんな風に見えるのは、記憶を失くしたせいだと思っていた。
そんな「タナ」が、もしかしたら自分を愛してくれるかもしれない。そう思えるようになった頃に、「タナ」は居なくなった。
その理由がどうしても知りたくて、ここまで来てしまった。
多分、記憶を取り戻した「タナ」は、テヒョンとして帰るべき場所へ帰った。
記憶が戻って、ジョングクとのことを後悔したのかもしれない。
だから黙って出て行ったのかも。
そう考えると、今の自分が酷く惨めだ。
嫌われているのに、飛行機で12時間もかけて追いかけるなんて。笑えるほど往生際が悪い。まるで、タチの悪いストーカーだ。
それでも、二人で過ごした時間が幻だったと思えない。
一年という年月は,短いようで人の記憶に残るには充分な長さだ。
簡単に忘れられるわけがない。
「タナ」との記憶が、今でもジョングクの心を燃やし続けている。
先ほどのテヒョンとの抱擁を思い出す。
この腕の中に残る温もりはあたたかく、からからに乾いた心にじんわりと染み込んでくる。
重ねた唇の感触。息遣い。高鳴る鼓動。
どれを取っても、拒んでいなかった。
むしろ、テヒョンもそれを望んでいたように思う。
いや、それは哀れな男の願望に過ぎない。
一瞬、風が止んで、音が消えた。
「ジョングク……」
幻聴が聞こえたのかと思った。そうじゃないことに気づいたのは、肩に温もりを感じたから。
それが誰の声で、誰のぬくもりか。
姿を見なくてもわかる。
「ジョングク……?」
微かに震える声に陶酔するように瞼を閉じた。
もう一度。
何度でも、名前を呼んで欲しい。
その心を揺さぶる魂の声で。
「……もう一度」
ジョングクは振り返らずに呟いた。
耳元に伸びた手が、優しく側頭を包み込む。
そのまま軽く力がこもり、額が空を仰いだ。
ジョングクの額に、柔らかいぬくもりが降ってくる。
テヒョンの唇から優しい熱が沁み込んで、額がほわんと温かくなる。
「ジョングク……ごめん」
テヒョンは後ろからジョングクを抱きしめて、震える声で呟いた。
「全部、話すから…だから、一つだけ約束して……」
「なんだ…?」
「瞬きひとつ分でいい。俺より先に逝かないで」













編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。