飛行機事故から一年が過ぎて、テヒョンはようやく三人の死を受け入れることができた。
受け入れたといっても、悲しみが消えたわけじゃない。
ただ、もう二度と会えないんだと理解しただけで、後悔や自責の念は日に日に募っていった。
食べられず、毎夜悪夢にうなされて、テヒョンは歌うことを忘れてしまった。
いつの間にか、再び舞台から遠ざかり、ただそこで息をするだけの生活を送っていた。
だが、不意にルーが送ってくれた絵ハガキの場所に行ってみたいと思った。
きっかけはわからない。
ただ、その日はやけに空が綺麗に見えた。
大きな城の前にはメリーゴーランドがあって、赤い風船がたくさん、空へと舞い上がっている。
とても綺麗な群青の空に似ていたからかもしれない。
テヒョンはルーの絵ハガキとパスポートをバックに詰めて、空港へ向かっていた。
迷わないように、逃げないように、一番早い便を予約した。
飛行機に乗る時、パニックを起こしかけた。
息が上がって、上手く呼吸できずに、倒れそうになった。
そばに居た小さな男の子が、手を握ってくれて、
「怖くないよ、一緒に乗ってあげようか」
と、心配そうにテヒョンの顔を覗き込んできた。
テヒョンはなんだか泣きそうになって、「ありがとう。怖いから一緒に乗ってくれるかな」
そう言って、男の子の手を優しく握った。
思った以上に力強く握り返されて、5、6歳の男の子に安心感さえ覚えた。
男は、何歳でも頼られたい生き物なのかもしれない。
男の子はテヒョンの手を引いて、前を歩いた。その背中はテヒョンより何倍も小さいのに、とても大きく見えて逞しかった。
きっと、この男の子がいなければ、テヒョンは飛行機に乗れなかっただろう。
偶然にも、席が通路を挟んだ隣で、着陸するまで男の子とテヒョンは、楽しい時間を過ごした。
だけど、男の子との別れはあっさりとアイスクリームに負けてしまった。
飛行機で大人しくしていたご褒美のアイスにつられて、さよならの挨拶もそこそこに両親と手を繋いで行ってしまった。
テヒョンは、涙を堪えるのに必死だったというのに。
そこからバスと電車を乗り継いで、絵ハガキの場所である遊園地へと辿り着いた。
ベンチに座ってどれくらいの時間が過ぎたのか。なんの感覚もなくて、ただ、空と城を眺めていた。
「閉園時間ですよ」と、声をかけられてもしばらく立ち上がれずにいた。痺れを切らした係の人に遊園地の出口まで誘導されて、「駅はあっちです」と指差す方に歩き出した。
駅に行こうとか、どこに行こうとか思ってたわけじゃなく、とにかく足を動かしていたら、突然、誰かにバックを掴まれて、咄嗟に胸に抱え込んだ。
お金もパスポートもスマホも、そんなのはどうでもよかった。
ただ、ルーが描いた絵ハガキだけは失うわけにはいかない。
テヒョンには、その絵ハガキだけしか残っていなかった。
遺体は機体と一緒に燃え尽きて、空に昇ってしまったから。
病院で意識を取り戻した時、「まだ生きてたのか」と、がっかりした。
食べられず眠れなくても「死にたい」と思ったことはなかった。
だから、生きていることにがっかりした自分に驚いた。そういう感覚すら失っていたんだと思い知らされた。
(死にたかったのか)
そう思った瞬間、もうこの世界には「キムテヒョン」という人間は必要ないんじゃないかと思った。
看護師に「お名前わかりますか?」と、聞かれた時、「わかりません」と答えていた。
「わかりません。名前も、何も…僕は、誰ですか?」
全てを忘れたかったのか。
罪深いキムテヒョンを殺したかったのか。
そのどちらもが同等にあったと思う。
先のことは何も考えていない。
ただ、その場に流されて、そのうち存在ごと消えてなくなればいいと思っていた。
退院して、その足ですぐに遊園地に向かった。最後にもう一度、あの城を見たかった。
そこで、ジョングクに出会った。
ジョングクがいうには、二度目らしいがテヒョンは覚えていない。
事故に遭った時、ジョングクが傍に居てくれたらしいが、その時は意識を失っていた。
そして、ジョングクと出会い「タナ」という新しい名前をもらって、生きることになった。
長居するつもりはなかった。
数日、世話になるだけのつもりだったが、いつの間にか、一年も一緒に暮らしていた。
それは、とても奇妙な感覚で、言葉では言い表せない何かがあった。
ジョングクは寡黙で、あまり喋らない。
だけど、沈黙の中に穏やかな空気が流れていて、いつの間にか、その空白が心地よくなっていた。
顔は良いのに愛想がなくて、頑固で、優しくて、あたたかくて。
自然と涙も枯れて、笑っている自分がいた。
ジョングクと並んで歩く散歩が好きで、彼の指が触れそうで触れない、じりじりとした距離感に胸が高鳴って、こんな気持ち、30年生きてきて、初めての経験だった。
ジョングクが好きだと気づいた時、喜びと罪悪感が一気に押し寄せてきた。
(自分だけ幸せになってごめんなさい)
見なくなった悪夢を、また見るようになった。
一人だけ幸せになるなんて、許されない。
名前も肩書きも、何もかも捨てたけど、エラとルーと父の死を忘れたことは一度もなかった。
背中合わせのように、向き合ってなかっただけで、罪を償ったわけじゃない。
もう誰かを愛したりしない。愛してはいけない。
キムテヒョンが消えないなら、その罪を背負って死ぬまで償っていく。
その覚悟ができた時、テヒョンはジョングクのもとを去った。













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。