第21話

悔恨
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2025/11/12 11:06 更新
飛行機事故から一年が過ぎて、テヒョンはようやく三人の死を受け入れることができた。
受け入れたといっても、悲しみが消えたわけじゃない。
ただ、もう二度と会えないんだと理解しただけで、後悔や自責の念は日に日に募っていった。

食べられず、毎夜悪夢にうなされて、テヒョンは歌うことを忘れてしまった。
いつの間にか、再び舞台から遠ざかり、ただそこで息をするだけの生活を送っていた。
だが、不意にルーが送ってくれた絵ハガキの場所に行ってみたいと思った。
きっかけはわからない。
ただ、その日はやけに空が綺麗に見えた。

大きな城の前にはメリーゴーランドがあって、赤い風船がたくさん、空へと舞い上がっている。
とても綺麗な群青の空に似ていたからかもしれない。

テヒョンはルーの絵ハガキとパスポートをバックに詰めて、空港へ向かっていた。
迷わないように、逃げないように、一番早い便を予約した。

飛行機に乗る時、パニックを起こしかけた。
息が上がって、上手く呼吸できずに、倒れそうになった。
そばに居た小さな男の子が、手を握ってくれて、
「怖くないよ、一緒に乗ってあげようか」
と、心配そうにテヒョンの顔を覗き込んできた。

テヒョンはなんだか泣きそうになって、「ありがとう。怖いから一緒に乗ってくれるかな」
そう言って、男の子の手を優しく握った。
思った以上に力強く握り返されて、5、6歳の男の子に安心感さえ覚えた。
男は、何歳でも頼られたい生き物なのかもしれない。

男の子はテヒョンの手を引いて、前を歩いた。その背中はテヒョンより何倍も小さいのに、とても大きく見えて逞しかった。
きっと、この男の子がいなければ、テヒョンは飛行機に乗れなかっただろう。

偶然にも、席が通路を挟んだ隣で、着陸するまで男の子とテヒョンは、楽しい時間を過ごした。
だけど、男の子との別れはあっさりとアイスクリームに負けてしまった。
飛行機で大人しくしていたご褒美のアイスにつられて、さよならの挨拶もそこそこに両親と手を繋いで行ってしまった。
テヒョンは、涙を堪えるのに必死だったというのに。

そこからバスと電車を乗り継いで、絵ハガキの場所である遊園地へと辿り着いた。

ベンチに座ってどれくらいの時間が過ぎたのか。なんの感覚もなくて、ただ、空と城を眺めていた。
「閉園時間ですよ」と、声をかけられてもしばらく立ち上がれずにいた。痺れを切らした係の人に遊園地の出口まで誘導されて、「駅はあっちです」と指差す方に歩き出した。
駅に行こうとか、どこに行こうとか思ってたわけじゃなく、とにかく足を動かしていたら、突然、誰かにバックを掴まれて、咄嗟に胸に抱え込んだ。

お金もパスポートもスマホも、そんなのはどうでもよかった。
ただ、ルーが描いた絵ハガキだけは失うわけにはいかない。

テヒョンには、その絵ハガキだけしか残っていなかった。
遺体は機体と一緒に燃え尽きて、空に昇ってしまったから。

病院で意識を取り戻した時、「まだ生きてたのか」と、がっかりした。
食べられず眠れなくても「死にたい」と思ったことはなかった。
だから、生きていることにがっかりした自分に驚いた。そういう感覚すら失っていたんだと思い知らされた。
(死にたかったのか)
そう思った瞬間、もうこの世界には「キムテヒョン」という人間は必要ないんじゃないかと思った。

看護師に「お名前わかりますか?」と、聞かれた時、「わかりません」と答えていた。

「わかりません。名前も、何も…僕は、誰ですか?」

全てを忘れたかったのか。
罪深いキムテヒョンを殺したかったのか。
そのどちらもが同等にあったと思う。

先のことは何も考えていない。
ただ、その場に流されて、そのうち存在ごと消えてなくなればいいと思っていた。

退院して、その足ですぐに遊園地に向かった。最後にもう一度、あの城を見たかった。
そこで、ジョングクに出会った。
ジョングクがいうには、二度目らしいがテヒョンは覚えていない。
事故に遭った時、ジョングクが傍に居てくれたらしいが、その時は意識を失っていた。

そして、ジョングクと出会い「タナ」という新しい名前をもらって、生きることになった。
長居するつもりはなかった。
数日、世話になるだけのつもりだったが、いつの間にか、一年も一緒に暮らしていた。

それは、とても奇妙な感覚で、言葉では言い表せない何かがあった。

ジョングクは寡黙で、あまり喋らない。
だけど、沈黙の中に穏やかな空気が流れていて、いつの間にか、その空白が心地よくなっていた。
顔は良いのに愛想がなくて、頑固で、優しくて、あたたかくて。
自然と涙も枯れて、笑っている自分がいた。

ジョングクと並んで歩く散歩が好きで、彼の指が触れそうで触れない、じりじりとした距離感に胸が高鳴って、こんな気持ち、30年生きてきて、初めての経験だった。

ジョングクが好きだと気づいた時、喜びと罪悪感が一気に押し寄せてきた。

(自分だけ幸せになってごめんなさい)

見なくなった悪夢を、また見るようになった。
一人だけ幸せになるなんて、許されない。
名前も肩書きも、何もかも捨てたけど、エラとルーと父の死を忘れたことは一度もなかった。

背中合わせのように、向き合ってなかっただけで、罪を償ったわけじゃない。
もう誰かを愛したりしない。愛してはいけない。
キムテヒョンが消えないなら、その罪を背負って死ぬまで償っていく。

その覚悟ができた時、テヒョンはジョングクのもとを去った。


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