第17話

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2025/09/29 02:43 更新
「タナ!」

聞き覚えのある声に、一気に体温が上がって汗が吹き出し、その姿を視界にとらえた瞬間、冷気を浴びたように粟立つ肌。

衝撃と困惑に身体が勝手に反応して、重い脚は声とは反対の出口に向かう。

── 逃げなきゃ、とにかく、逃げて…

遠くに、誰の手も届かない遠くに行かないと……そう頭の中で繰り返して、ひたすら足を前に進めた。
ロイに「また逃げるのか」と、鋭い刃を投げつけられても、どんなに足が重く思うように前に進まなくても、たとえ卑怯者だと罵られても、それでも今は会いたくない。

もうすべて、過去のものだ。

ジョングクが触れた瞬間、ぽわんと温かくなって心に花が咲く感覚や、抱きしめると香る少しスパイシーな甘い体臭も、鼓膜を撫でるような優しい声も。
ジョングクのつま先から指先、ホクロの一つ一つまで、テヒョンの好きだったもの全部。
身を切られるような想いと共に、あの部屋に置いてきた。

自分にはもう、何もなくて、何もいらなくて、ただ最後の瞬間を迎えるまで、永遠に無の中で息をする。
それが、テヒョンが愛した人達に対する、せめてもの償いだと思っていた。

だから、彼には会えない。
会わない。
彼には……ジョングクには……


重い裏口の扉がバタンと閉まる音が響き、背中に重くのしかかってくる。

どれくらいその場に立ち止まっていたのだろう。遠くから聞こえるサイレンの音に、テヒョンは、俯いた顔を上げた。
太陽が覆い被さるように、街を黄金色に染めている。見上げた空は、青と赤と橙のグラデーションが綺麗な空で、あの日のことを思い出させた。

カメラを構えるジョングクの姿。
さっきまで青かった空が、夕陽のグラデーションに染まって、今の、目の前の空のように、温かくジョングクを包み込んで、まるで神様のからのプレゼントのように、とても美しく輝いていた。

その光景を目にした時、あぁこの人が好きだ。自分はジョングクという人が好きなんだと、しみじみ思った。
この先もずっと、太陽のように嘘偽りない、真っ直ぐなジョングクの隣を歩きたい。
なんの罪も咎もない、真っさらな一人の人間として、ジョングクを愛したい。
そう思った瞬間、テヒョンは激しい罪悪感に苛まれた。

── 自分だけ、幸せになるつもりか?

それは、誰かに言われたわけでもなく、自分自身の心の声だ。
純真無垢を装っても、ただの嘘つき。ジョングクを騙して過去から逃げた、ただの卑怯者。何も知らない赤子のように振る舞ったところで、やっていることはペテン師と同じ。
いつかはバレて天罰が下る。

── 幸せなんていらない

幸せは必要ない。孤独だけでいい。
そう、自分で自分に天罰を下す。

だから会わない。
会えば必ず、その陽だまりのような腕の中に飛び込みたくなる。
そうなる前に、早くこの場から立ち去らないと。

テヒョンは歩きだした。
サイレンの音がだんだん近づいてくる。
その音に押されるように、テヒョンの歩みも早くなる。
視界を埋める真っ赤な空を見つめながら、歩みは自然と速度を増し、気づけば走り出していた。




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