場所を移して、プールの中へとやってきた。
このプール独特の水の匂いでさえも、普段の
私を私じゃなくさせるような力を持っていて
·····特に、
彼なんて尚更。
だんだんこちらへと近づいてくる
彼に出会った頃の記憶が戻る。
そういやあの時も、有岡くんは
ホースを持ってたっけ。
ガラガラすかすかだった彼の声は
もう元に戻ったらしい。
返事はちゃんとしてくれるのに、
次の言葉を発してくれない有岡くん。
いつも気さくに話し掛けてくれるだけ
あって、違和感はものすごい。
「「あのっ!!...ッ!」」
会話がないなら自分から作ろうと、
声を発せれば綺麗に重なってしまった。
それすらもちょっと嬉しく思ってしまう。
ぽわんと気の抜けたような、
アホっぽい顔をする有岡くん。
口が空きっぱなしだ。
そう言えば、ゼンマイで動いてるんじゃ
ないかってくらいぎこちない動きをしだす。
遠慮気味に気にしてくれるその
感じが本当に有岡くんらしくて、
ありがとうを伝えようとしたのに
それは彼の言葉で割ってしまった。
君は顔を歪ませて私を困らせる。
そして理由を、なかなか言わないもん
だからその焦らしがくすぐったい。
そんな事言われたら、なんて言葉を
掛けてあげればいいのか...。
やっと出てきたのはそんな
在り来りなものだった。
だって事実なんだ...
有岡くんが風邪で寝込んでるっていうのに、
私は図々しくも彼に電話を掛ける。
それに出てくれた有岡くんは
相談にまで乗ってくれて
挙句の果てには私が山田くんと
話せる機会を作ってくれたのだ。
どっからどう見ても世話好きな人
としか言いようがない。
自分よりも人の為に生きてるような、
そんな人にしか見えないのだが...
そう言い残すと、彼はいつものように
片手だけを軽く上げて...
元いた場所へ戻って行った。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。