放課後になった。
帰りのホームルームが終わると、博多は俯きながら帰ってしまった。
1日中元気が無かった博多は、よっぽど龍弥の言葉と何より、泗芫くんがいない事がこたえたんだろう。
龍弥は、
机の上に鞄を置いたままどこかへ行ってしまった。
それから…私は、結昂に引きずられて龍弥と同じく鞄を置いたまま、
音楽室に来ている。
「ねえ…早く帰ろうよ、バレたら怒られるし…」
「……もう少し待って。」
結昂はそう言うと真面目な顔をして私の肩を掴んだ。
「あなた、いい?今から__」
結昂が言いかけた時…
__ピーンポーンパーンポーン
ビブラフォンに似た電子音が鳴って、校内放送がかかった。
まさか……
『鬼ごっこの始まり始まり!よーいっ、スタート!』
「かっ…カレハ、さん……?」
自分の声が震えているのが分かった。
どうしよう、どうしよう。
早く逃げ切らないと、カレハさんが追いかけてくる。
「結っ、結昂!どうしよう!」
「落ち着いて。少し、ここで待ってみよう……」
「いや、早く逃げ切らないと…カレハさんに捕まったら…!」
その時だった。
かっ、かっかっ……
音楽室に音が響いて、びくんと肩が震える。
まさかカレハさん?
怖い。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い__
その一心で、結昂に抱きついた。
結昂は呆然と、私でも無く、カレハさんが入ってくるだろうドアでも無く、前を見ていた。
「…あなた……黒板…」
震える手で黒板を指差す結昂。
私は恐る恐る振り返ると驚愕した。
チョークが空中で動いている。
チョークは、黒板に忙しく文字を書いていく。
その筆跡は、何処となく泗芫くんのものに似ていた…
"逃げて"
"2年E組へ"
"教室に行けばクリアだ"
"早く"
"カレハさんが__"
そこでチョークは
コトン、と床に落ちた。
次の瞬間。
「どこかな?どこかな?
隠れてるのかなあ?」
楽しそうな女の子の声が聞こえた。
*
声が聞こえた瞬間に、
結昂はぐいっと私の腕を引っ張って棚の中に入った。
引き寄せられて私も入り、結昂は静かに戸を閉める。
普段は吹奏楽部の打楽器が入っている棚なので、少し狭いが限界まで屈んだり、寝転がればなんとか入れるくらいのスペースが有った。
「結昂…これって……」
結昂は即座に私の口を塞いだ。
「しっ……話は後で、今はカレハさんをやり過ごそう」
その時、音楽室のドアが開く音がした。
うんむー、と女の子の声も聞こえる。
カレハさんだ__
心臓の音がやけにうるさく感じる。
この音が、カレハさんに聞こえているのではないか、
ここに隠れているのが見つかってしまうのでは無いかと思うと更に心臓の鼓動は早くなり、音も大きくなった。
「あれれ…ここにもいないのかなあ?
たしかに3人、鬼ごっこに巻き込んだのにーっ」
カレハさんの声は、拗ねた子供みたいな声だった。
幽霊の様なおぞましい声でもなく、
鬼の様な恐ろしい声でもなかった。
本当に、幼稚園児の様に幼い声で、
「隠れてるなら出てきて!」
なんて言い出すから……
思わず悲鳴をあげそうになってしまった。
結昂が口を塞いでいてくれた上、よしよしと頭を撫でてくれていたから何とか声を上げずに済んだ。
カレハさんは私達には気付かずに、そのまま音楽室を出て行ったらしく、ドアの開閉音がして、
数分待ってももうカレハさんの声や、何かの音はしなかった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。