隣の席から驚いたような声が聞こえてきた。
僕は携帯電話をいじるのをやめ、画面から左隣に視線を移す。
目が合って、隣の席の佐藤さんがはっとする。
首をすくめて僕は応じた。
ちょうど打ち終わったところだ。送信しながら佐藤さんに告げる。
携帯電話はコミュニケーションの道具だ。返信は速ければ速い方がいいに決まっている。
短い文章を送り合ってリアルタイムでやり取りするから、ちょっとでも反応が遅れると不安がったり怒ったり、文句を言ってくる奴までいる。既読がついてるのに返事もないとかで揉めるのはうっとうしいから、僕は読んだらすぐ返すことにしていた。
今は、同じクラスの湯川さんとやり取りをしている。彼女とは中学が同じで、今度の日曜にプチ同窓会をやろうと言われていた。それで僕と彼女が幹事みたいなポジションになって、店を押さえたり出欠を取ったりしている。
たった今送られてきたメッセージがこれだ。
湯川さんはなかなか人使いが荒い。だけどメッセージの後に添えられた、片目をつむるうさぎのスタンプを見たら憎めないから困る。女の子ってこういうところがずるい。
僕も
と送る。
スタンプも添えて返信終了。
傍で見ていた佐藤さんが首を傾げる。
当たり障りなく答えつつ、内心ではいかにも佐藤さんらしいと思っていた。
彼女はそういう子だ。
何に関しても動作が遅くて、不器用な上に要領も悪い。きっと一文を捻り出すだけでも恐ろしく時間を掛けることだろう。
そこまで考えてから、僕は今更みたいに驚く。
意外な感じがした。今時持ってない高校生の方が珍しいだろうけど、佐藤さんに限ってはちゃんと使いこなせてるのかという疑問の方が先立つ。説明書は読めたんだろうか、半分も読んでいないに違いない。
僕の驚きをよそに、佐藤さんは制服のポケットから携帯電話を取り出してみせる。
確かに本物だった。本体カラーは薄いピンクで、同系色のビーズのストラップがぶら下がっている。
あの佐藤さんが文明の利器を。
正直、両手の指でもたもた文章を打っている様子しかイメージできない。
佐藤さんはにこにこしながら言葉を続けた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!