第11話

隣のあの子と模範的ノート-1
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2022/05/18 09:00
 佐藤さんがノートにペンを走らせている。

 必死の形相で、黒板の内容を書き写している。

 ふいに、ぱきっと音がして、彼女が持つシャープペンの芯が折れた。
佐藤みゆき
佐藤みゆき
あ……
 途端に佐藤さんはまごまごする。ぺンをかちかち言わせつつ、どうにか作業に戻ろうと懸命だ。

 僕はその様子を隣の席から眺めている。

 いや、待たされていると言うべきか。

 時はすでに休み時間だ。前の授業は日本史で、工藤先生の個性的な字が黒板いっぱいに並んでいた。先生の右肩上がりの筆跡は独特だけど、読みにくいってほどじゃない。

 なのにどうして、佐藤さんはこんなにもノートを取るのが遅いのか。

 休み時間に入っても黒板を書き写しているのは彼女だけだ。他のみんなは次の授業に備えて準備を始めたり、教室や廊下で短いお喋りを楽しんでいるっていうのに。

 もう何分待っただろう。

 舌打ちしたくなったけど、その原因がすぐ左隣にいるからやめておく。
佐藤みゆき
佐藤みゆき
ごめんね、山口くんっ
 その左隣からは焦った声が聞こえてきた。

 見れば、佐藤さんは不器用な手つきでシャープペンの芯を詰め替えているところだった。
山口
山口
ああ、別に慌てなくていいよ
 僕は言ったけど、もちろん本音じゃない。

 すると佐藤さんは申し訳なさそうにこちらを向く。
佐藤みゆき
佐藤みゆき
でも……私が写し終わらないと黒板が消せないでしょ?
山口
山口
そうだね
 全くだよ。内心でぼやく。

 なんで僕が日直の時に限ってこんなにもたついてくれるんだか。

 もちろん、彼女がとろいのはいつものことだ。

 だけど早くしないと次の授業が始まってしまう。おまけに次の授業は古典で、教科担当は口うるさい村上先生だ。黒板を消してないときっとねちねち言われるだろうから、急いでもらわないと困る。

 僕なんか授業の時間だけでちゃんとノート取れたけどな。時間が余りすぎて、隣で何かともたつく佐藤さんを観察できたくらいだ。

 どうしてこんなに時間が掛かるのか、疑問に思って彼女のノートを覗いた。小さな、丸っこい文字がびっしり並んでいて、読み返せるのかと他人事ながら心配になった。

 まあ、僕には関係ない。

 日直として黒板消しの仕事があるってことを除けば、関係ない。

 しびれを切らした僕は席を立った。
山口
山口
時間ないから、黒板消すよ
佐藤みゆき
佐藤みゆき
え……う、うん
 佐藤さんが悲しそうに俯く。

 彼女のこういうところが特に苦手だ。不満があるならはっきり言えばいいのに、黒板を消さないでって絶対に言おうとしない。自分に非があるってわかってるからだろう。

 慎ましいのは美徳でもなんでもない。むしろ同情を乞われているようで腹が立った。

 同情するかどうかは僕の自由だ。

 佐藤さんの言動にいちいち感情を左右されるなんて、まっぴらだと思う。

 だから僕は言ってやる。
山口
山口
ノート、貸すから

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