第5話

隣のあの子と授業中-1
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2022/04/06 09:00
英語の先生
――じゃあ次の段落から、佐藤さん訳して
 英語の先生が、隣の席の佐藤さんを指した。
佐藤みゆき
佐藤みゆき
はい
 佐藤さんは返事こそよかった。

 でも席から立ち上がる時、うっかり椅子を倒して教室中に大きな音を立てた。

 すぐに椅子を起こして、真っ赤な顔で教科書を持つ。英語の教科書の三十二ページ、彼女もちゃんとそこを開いている。なのに訳文を読み上げる声は一向に聞こえてこない。

 僕はペンを回しながら、一連の流れを横目で盗み見ている。

 彼女は口だけ開けてはみたものの、声も出せず眉間に皺を寄せていた。
英語の先生
佐藤さん? 五行目からですよ
 教師はこういう時容赦ない。声を尖らせ彼女を急かす。
佐藤みゆき
佐藤みゆき
は、はい
 佐藤さんが弱った様子で返事だけした。

 次第に教室がざわめき始める。クラスメイトの視線が佐藤さんに集中し、不思議がる奴も笑う奴も、イライラし始めてる奴もいた。

 そして佐藤さんは、椅子を倒した時の比じゃないほど真っ赤な顔をしていた。

 佐藤さんは勉強が苦手らしい。

 英語だけじゃなく、実は全教科苦手なんだと以前恥ずかしそうに打ち明けてくれた。

 僕としてはそんな秘密を打ち明けられたところでどうしようもない。だけど隣の席にいる以上は必要な情報だったみたいだと今更思い直している。

 授業で当てられると、佐藤さんはこんなふうに答えに詰まる。どの教科でも一度としてすらすら答えられたことはない。その度に授業が滞るから迷惑だ。

 真面目ぶるつもりはないけど、僕も来年は大学受験を控えてる。落ちこぼれのクラスメイトに足を引っ張られて授業が遅れるようじゃ困るんだ。

 だから僕はルーズリーフを差し出す。

 その隅っこに教科書三十二ページ、五行目からの和訳文を記した。先生が黒板を振り返ったタイミングで佐藤さんの机に載せる。

 彼女がはっとしてこちらを見た。

 いいからとっとと答えろと目配せする。
佐藤みゆき
佐藤みゆき
『わずかながら、コートニーはこの青年に親近感を覚えた。ケストナー卿の屋敷は絢爛豪華という形容がふさわしい。無節操に光り輝く物が好きだという卿の、内装や調度の趣味は決していいとは言えなかったが、それでも掃除で部屋を回るコートニーが感嘆の吐息を零れさせるだけの魅力があった』
 おずおずと、でもどうにかつっかえずに佐藤さんは読み上げた。

 諦めかけていた英語の先生は、彼女が急に答え始めて驚いたようだ。大きく目を見開いた後で満足そうに微笑んだ。
英語の先生
よくできました、座っていいですよ。ではその次の段落を、新嶋くん
 次のクラスメイトが指名されると、佐藤さんは立ち上がった時より静かに腰を下ろした。

 僕もほっとして、教科書に視線を戻す。

 すると、
佐藤みゆき
佐藤みゆき
山口くん、山口くん
 隣の席から小声で名前を呼ばれた。

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