第8話

隣のあの子と携帯電話-2
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2022/04/27 09:00
 屈託ない彼女の笑顔を見ると、どうしてか気まずい気分になる。

 けっこう失礼なことを考えたから、だろうか。僕は目をそらして聞き返す。
山口
山口
……そうかな。どうして?
佐藤みゆき
佐藤みゆき
だってお返事は速い方がうれしいじゃない
 どうだろう。むしろ僕は速いのが当たり前だと思っている。

 携帯電話は常に『携帯』されてるのが常識だから、誰かから連絡が届いたら反応せずにはいられない。

 誰かが返事を欲しがっているのならできるだけ速く返さなきゃいけない。

 それがマナーだし、人間関係を乱さないためのコツだと思っていたから、そういう時の相手の気持ちまでは考えたこともなかった。
佐藤みゆき
佐藤みゆき
欲しい時にすごく速くお返事もらえたら、うれしいよ。自分のために急いでくれる人がいて、本当に繋がっているんだって実感できるよ
 佐藤さんは言う。
佐藤みゆき
佐藤みゆき
私は打つのが本当に遅いから。お返事の内容考えて、迷って、一文字ずつ選んで打って、結局すごく遅い返事になっちゃう
 朗らかに笑いつつ、はっきりとわかる称賛の口調で言う。
佐藤みゆき
佐藤みゆき
だからね、いつも家で打つことにしてるの。その方がじっくり考えてお返事できるもん。一日中考えてるの、さっきの連絡に、どうお返事しようかなって
 相づちさえ打たない僕に向かって、楽しそうに話し続けている。
佐藤みゆき
佐藤みゆき
携帯電話の意味ないねって、みんなに笑われてるけど
 確かに、そんなの意味がない。

 佐藤さんに携帯電話は向いてないのかもしれない。

 でも、それだって繋がってることになるんじゃないだろうか。

 彼女は連絡をくれた人への返事をずっと考えてる。それはその人に向けた佐藤さんの気持ちが、その人とずっと繋がってるってことじゃないだろうか。佐藤さんと繋がっていられる人は、自分のことを一日中考えてくれる彼女の存在を、うれしく感じているかもしれない。

 羨ましいと、ふいに思った。

 いや、違う。すごくいいことだとは思う。でも別に佐藤さんから連絡をもらえることが『いい』と思ったわけじゃない。

 でもまあ、クラスメイトなんだし、連絡先くらいは知ってても変じゃないか。

 とっさに僕は顔を上げた。
山口
山口
佐藤さん、それは――
 だけど言いかけたところで、手の中の携帯がぶるっと震え、受信音が短く響いた。

 言おうとした言葉が喉の奥に引っ込む。
佐藤みゆき
佐藤みゆき
あ、ごめんね。忙しい時に話し掛けて
 佐藤さんは僕を促すように微笑んだ。
 そして手にしていた自分の携帯電話を、ポケットの中に戻してしまう。
山口
山口
いや、別に
 それで僕は画面を覗くしかできなくなり、そこに躍っている能天気なスタンプをどうしてか寂しく思う。
湯川
『山口はさすが頼りになるな~。一緒に幹事できてよかった。お店の下見はふたりで行こうね!』
 湯川さんからのメッセージも上手く頭に入ってこない。

 なぜかわからないけど、ものすごく落胆している。

 冷静になって考えてみれば、佐藤さんがどんなメッセージを送ろうと僕には関係のない話だ。

 隣の席だからって僕らが繋がることはない。何せ彼女とはペースが違いすぎる。連絡の取り合い方一つでもこんなに開きがあるくらいだ。

 佐藤さんがあのもたつく不器用な指で、一日かけて作り上げる文面を、知る機会だってないだろう。

 どうして一瞬でも、連絡先を聞こうなんて思ったのか。僕は黙って眉をひそめた。

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