第6話

第二章 はじめましての大騒動!
792
2019/01/07 03:47
高窓から清かな月光がさしこみ、食卓にはステンドグラスの光が夢のように躍っている。
入寮するメンバーの顔合わせを兼ねた、学食親睦会。──ってことらしいんですが。
双葉テマリ
双葉テマリ
これが、学食……
どこまでも続く長テーブル。次々と運ばれてくるお皿を優雅に楽しむ寮生たち。
壁ぎわにはズラッとフロックコートの執事さんの列。BGMはまるで天使が奏でるようなバイオリンの生演奏だ。
私、クラシックなんて聴くの初めてだから、それだけで圧倒されちゃうのに、運ばれてくるお料理だって、どれもこれも初めて見るメニューばかり。
となりの夏さんのマネをしながら、ぶるぶる震える手でパンをちぎりバターをぬり、肉を食べよう──としたところで、彼がどのフォークを使ったのかチェックしそこねたことに気がついた。
なんでこんなにフォークもナイフもスプーンも山ほどあるの!?
一本ずつにすれば、いや、箸にして皿も一枚に盛れば、洗い物も洗剤三滴で済むのに。
うろうろ手を迷わせながら、夏さん助けて……と横を盗み見る。
と、彼はやっぱり素知らぬ顔だ。空気な私に気づいてないだけかもしれない。
彼は長くしなやかな指先で、淡々とフォークを口に運んでる。
……そういえばこの人、手がやたらとキレイだなぁ。
視線を感じたのか、ようやく彼の目がこっちに動いた。
有栖川夏
有栖川夏
春臣、食欲ないのか?
双葉テマリ
双葉テマリ
いえっ、大丈夫で、
途中まで言いかけたところで、夏さんの目がスッと厳しくなる。
そうだ、「僕」は春臣さん! 男子っぽい言葉づかい!
双葉テマリ
双葉テマリ
だっ、だいじょうぶダゼ!
なんかアニメのヒーローみたいなノリになってしまった。
さわやかイケメン
さわやかイケメン
…………そう
双葉テマリ
双葉テマリ
…………はい
夏さんは悟りを開いた修行僧的な瞳になって目をそらし、私はものすごく恥ずかしくなって下を向く。
と、向かいの席に座ってた男子が、食事の手を止めた。
彼はツーブロックの今ドキな髪型の、茶髪三白眼。
後ろに控えたガタイのいい執事サンとの背景も相まって、お坊ちゃまっていうより、そのスジの組織の若頭ってカンジだけど……。
さっきの自己紹介で「三条冬馬」と名乗った彼は、その隣の、やたら美しいオーラを放つ、神秘的な淡い金髪の「伊集院秋人」さんとセットで、私の隣の部屋の住人らしい。
夏さん曰く「要注意のお隣サン」なんだけど、すでに私に剣吞な目を向けてきてる。
私、何か失礼しちゃった? それともバカ殿さまが過去に何かしたとか?
三条冬馬
三条冬馬
おい、春臣。お前、さっきからフォークうろうろ、もだもだもだもだうっとうしいんだよ。オレが目の前じゃ飯も食えねぇって言うのか
双葉テマリ
双葉テマリ
ま、まさか、そんなことないで──ないよ。三条くん
ただフォークとナイフとテーブルマナーに翻弄されてるだけで。
三条冬馬
三条冬馬
三条クン、だぁ?
彼は全身トリハダをたててブルッと震える。
あ、ヤバい、呼び方ちがったかな。
有栖川夏
有栖川夏
彼は、冬馬って呼び捨てだよ
夏さんの耳打ちにあわててうなずくけど、今さら遅い。
三条クン、もとい冬馬は、目をますます鋭くして私をじいいっと見つめてくる。
三条冬馬
三条冬馬
……春臣。お前まさか病気か?
双葉テマリ
双葉テマリ
ハッ!?
三条冬馬
三条冬馬
全体的に弱々しいっていうか、影が薄いっていうか。昔はもっと覇気があったよな
双葉テマリ
双葉テマリ
やっ、あの、病気とかではないよ。疲れてるのかな、アハハ
笑ってごまかしながら冷や汗がしたたってくる。
やっぱり外側だけ春臣さんに似せたって、中身が変わらないと、そうそう存在感なんて出せるもんじゃないよ。
すると彼はいきなりテーブルごしに腕を伸ばしてきて、私の手首をガシッとつかんだ。
双葉テマリ
双葉テマリ
ひえっ!
三条冬馬
三条冬馬
……なっ、おい! このへにょっへにょの細っこい手首はなんだ! どれだけ鍛錬をサボったらこんなになる!? オレとの再戦の約束、忘れたんじゃねぇだろな!
双葉テマリ
双葉テマリ
忘れてないよ!
反射的に返事したけど、なんの再戦!?
夏さんに目を向けると、
有栖川夏
有栖川夏
三条は古武道家元の跡取りだよ
とまたささやく。
古武道? 袴道着を着て、エイとかヤーとかやるアレ?
有栖川夏
有栖川夏
君、データブックをちゃんと読まなかったのか?
双葉テマリ
双葉テマリ
よ、読みました。でも春臣さんの『僕の華麗なる自己紹介編』が長すぎて、まだ『うれし恥ずかし青春の人間関係編』までたどり着いてなくて
小声のイイワケに、夏さんは額に手をあてて息をつく。それ、お母さんがテストで0点とったコにつくタメ息だ。
有栖川夏
有栖川夏
俺たち三人、幼稚園が同じだったんだ。で、その時、春臣がうっかり三条をのしてしまう事件があってね。以来ずっと、彼は根に持っているんだよ。もともとどっちが女子にモテるかっていう見栄の張り合いが原因なんだけど
そんなくだらない事情の再戦まで、私、身代わりできませんから!
三条冬馬
三条冬馬
何をヒソヒソ話してんだよ。春臣、お前さっさと鍛えなおして再戦すんぞ
冬馬のぎらぎら光る目ににらまれて、私はヒッと息を引ききる。
双葉テマリ
双葉テマリ
それはええと……、七月以降のスケジュールで調整してほしいなぁ、なんて
三条冬馬
三条冬馬
そんな待てるわけねぇだろ! 一ヶ月でカラダ立て直してこい!
声を大きくする冬馬に、彼の隣の美形、伊集院くんが、初めてテーブルから顔を上げた。
彼は前髪をかきあげて、私と冬馬に気だるげな目を向ける。
伊集院秋人
伊集院秋人
……さわがしいなぁ。ボク、明日ヘビーな仕事があるんだけど
彼はぼそぼそっと、口を動かすのもメンドくさいっていう様子でつぶやく。
双葉テマリ
双葉テマリ
あっ、すみません
私は速攻謝ったけど、冬馬は眉間にシワを寄せた。
三条冬馬
三条冬馬
なんだよ、秋人だってさっき、メイドにキャアキャア言われてたじゃねぇか
伊集院秋人
伊集院秋人
いつものコトだから、別に。女子の声は小鳥のさえずりと同じだ
それきり興味を失くしてグラスを傾ける伊集院くんに、冬馬はうなって歯を鳴らす。
この二人、めちゃくちゃ気が合わなそうだけど、同室で大丈夫なのかな。
でも今、聞き捨てならないコトを言ってた。「ヘビーな仕事がある」って、つまり彼も学生にして働いてるってことだよね。
双葉テマリ
双葉テマリ
夏さん、もしや彼も勤労学生ですか
ひそっと聞けば、夏さんはうなずく。
やっぱり!
ってことは、このお坊ちゃまお嬢さままみれの学園の中、唯一私と同じ立場の人だ!
彼もハイソサエティになじめなくて、このテンションの低さ? ロココな貴族みたいな容姿だけど、意外と苦労してるんだな。
口には出せないけど、私はお仲間ですよ、伊集院くん。一般人同士、慎ましやかに助け合っていきましょうね……!
心の呼びかけが届いたのか、彼は重たそうなマツゲを持ち上げ、私を見る。

──ゴミを見るような、さげすんだ目。

ガタッと椅子を立つ音。
灰のように白くなった私が我に返った時には、彼はすでに食堂から消えていた。
し、心臓が、ひび割れた……!
すると夏さんがナプキンで口もとをふきながら息をつく。
有栖川夏
有栖川夏
彼の仕事はファッションモデルだよ。海外ブランドの広告塔も務めてる、芸歴十六年のベテランだ。君、知らなかったのか?
双葉テマリ
双葉テマリ
……そういえば、どっかで見たことあるような……
私、世情にウトいんだ。携帯料金は最低レベルで設定してるから、ファンスタ友達以外のところは、極力見ないようにしてるし、パソコン開いてるときは内職に追われて、他のサイト見てるヒマないし。今は亡きアパートにはテレビもなかったもんな……。
でも言われてみれば、あの美しい顔、駅のポスターとか、ファンスタで流れてきた写真に載ってた気もしてきた。
なにがお仲間だ。天と地の差があるわ。
有栖川夏
有栖川夏
伊集院は母親がイギリス人で、ここに来る前はあちらのスクールにいたそうだ。今後も、仕事で行ったり来たりになるらしいね
ひそひそ教えてくれながら、夏さんはふいに私を見下ろした。
そしてなぜか、くちびるのハシをニッと持ち上げる。
有栖川夏
有栖川夏
仕事で忙しいのは、君も同じだったね。春臣
いっ、いじわるだ……っ!
有栖川夏
有栖川夏
俺も先に失礼するよ。ごちそうさまでした。これ食べていいから。甘いの好きだろ
さっさと食事を終えた夏さんは、デザートのケーキに手つかずで席を立つ。
闘争心メラメラの古武道息子に、人様をゴミくず扱いの現役高校生モデル。そんなツンツンコンビがお隣で、頼りの夏さんは頼りにされる気ゼロと来たもんだ。
ああ、気が遠くなってきた……。
私は打ちひしがれながら、いまだニラみつけてくる冬馬に、へにゃりと、ごまかすような笑みを浮かべるので精いっぱいだった。

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