高窓から清かな月光がさしこみ、食卓にはステンドグラスの光が夢のように躍っている。
入寮するメンバーの顔合わせを兼ねた、学食親睦会。──ってことらしいんですが。
どこまでも続く長テーブル。次々と運ばれてくるお皿を優雅に楽しむ寮生たち。
壁ぎわにはズラッとフロックコートの執事さんの列。BGMはまるで天使が奏でるようなバイオリンの生演奏だ。
私、クラシックなんて聴くの初めてだから、それだけで圧倒されちゃうのに、運ばれてくるお料理だって、どれもこれも初めて見るメニューばかり。
となりの夏さんのマネをしながら、ぶるぶる震える手でパンをちぎりバターをぬり、肉を食べよう──としたところで、彼がどのフォークを使ったのかチェックしそこねたことに気がついた。
なんでこんなにフォークもナイフもスプーンも山ほどあるの!?
一本ずつにすれば、いや、箸にして皿も一枚に盛れば、洗い物も洗剤三滴で済むのに。
うろうろ手を迷わせながら、夏さん助けて……と横を盗み見る。
と、彼はやっぱり素知らぬ顔だ。空気な私に気づいてないだけかもしれない。
彼は長くしなやかな指先で、淡々とフォークを口に運んでる。
……そういえばこの人、手がやたらとキレイだなぁ。
視線を感じたのか、ようやく彼の目がこっちに動いた。
途中まで言いかけたところで、夏さんの目がスッと厳しくなる。
そうだ、「僕」は春臣さん! 男子っぽい言葉づかい!
なんかアニメのヒーローみたいなノリになってしまった。
夏さんは悟りを開いた修行僧的な瞳になって目をそらし、私はものすごく恥ずかしくなって下を向く。
と、向かいの席に座ってた男子が、食事の手を止めた。
彼はツーブロックの今ドキな髪型の、茶髪三白眼。
後ろに控えたガタイのいい執事サンとの背景も相まって、お坊ちゃまっていうより、そのスジの組織の若頭ってカンジだけど……。
さっきの自己紹介で「三条冬馬」と名乗った彼は、その隣の、やたら美しいオーラを放つ、神秘的な淡い金髪の「伊集院秋人」さんとセットで、私の隣の部屋の住人らしい。
夏さん曰く「要注意のお隣サン」なんだけど、すでに私に剣吞な目を向けてきてる。
私、何か失礼しちゃった? それともバカ殿さまが過去に何かしたとか?
ただフォークとナイフとテーブルマナーに翻弄されてるだけで。
彼は全身トリハダをたててブルッと震える。
あ、ヤバい、呼び方ちがったかな。
夏さんの耳打ちにあわててうなずくけど、今さら遅い。
三条クン、もとい冬馬は、目をますます鋭くして私をじいいっと見つめてくる。
笑ってごまかしながら冷や汗がしたたってくる。
やっぱり外側だけ春臣さんに似せたって、中身が変わらないと、そうそう存在感なんて出せるもんじゃないよ。
すると彼はいきなりテーブルごしに腕を伸ばしてきて、私の手首をガシッとつかんだ。
反射的に返事したけど、なんの再戦!?
夏さんに目を向けると、
とまたささやく。
古武道? 袴道着を着て、エイとかヤーとかやるアレ?
小声のイイワケに、夏さんは額に手をあてて息をつく。それ、お母さんがテストで0点とったコにつくタメ息だ。
そんなくだらない事情の再戦まで、私、身代わりできませんから!
冬馬のぎらぎら光る目ににらまれて、私はヒッと息を引ききる。
声を大きくする冬馬に、彼の隣の美形、伊集院くんが、初めてテーブルから顔を上げた。
彼は前髪をかきあげて、私と冬馬に気だるげな目を向ける。
彼はぼそぼそっと、口を動かすのもメンドくさいっていう様子でつぶやく。
私は速攻謝ったけど、冬馬は眉間にシワを寄せた。
それきり興味を失くしてグラスを傾ける伊集院くんに、冬馬はうなって歯を鳴らす。
この二人、めちゃくちゃ気が合わなそうだけど、同室で大丈夫なのかな。
でも今、聞き捨てならないコトを言ってた。「ヘビーな仕事がある」って、つまり彼も学生にして働いてるってことだよね。
ひそっと聞けば、夏さんはうなずく。
やっぱり!
ってことは、このお坊ちゃまお嬢さままみれの学園の中、唯一私と同じ立場の人だ!
彼もハイソサエティになじめなくて、このテンションの低さ? ロココな貴族みたいな容姿だけど、意外と苦労してるんだな。
口には出せないけど、私はお仲間ですよ、伊集院くん。一般人同士、慎ましやかに助け合っていきましょうね……!
心の呼びかけが届いたのか、彼は重たそうなマツゲを持ち上げ、私を見る。
──ゴミを見るような、さげすんだ目。
ガタッと椅子を立つ音。
灰のように白くなった私が我に返った時には、彼はすでに食堂から消えていた。
し、心臓が、ひび割れた……!
すると夏さんがナプキンで口もとをふきながら息をつく。
私、世情にウトいんだ。携帯料金は最低レベルで設定してるから、ファンスタ友達以外のところは、極力見ないようにしてるし、パソコン開いてるときは内職に追われて、他のサイト見てるヒマないし。今は亡きアパートにはテレビもなかったもんな……。
でも言われてみれば、あの美しい顔、駅のポスターとか、ファンスタで流れてきた写真に載ってた気もしてきた。
なにがお仲間だ。天と地の差があるわ。
ひそひそ教えてくれながら、夏さんはふいに私を見下ろした。
そしてなぜか、くちびるのハシをニッと持ち上げる。
いっ、いじわるだ……っ!
さっさと食事を終えた夏さんは、デザートのケーキに手つかずで席を立つ。
闘争心メラメラの古武道息子に、人様をゴミくず扱いの現役高校生モデル。そんなツンツンコンビがお隣で、頼りの夏さんは頼りにされる気ゼロと来たもんだ。
ああ、気が遠くなってきた……。
私は打ちひしがれながら、いまだニラみつけてくる冬馬に、へにゃりと、ごまかすような笑みを浮かべるので精いっぱいだった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。