第3話

第一章 無理難題、言われましても!?
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2018/12/17 05:07
受付のお姉さん
双葉テマリさん? お名前にまちがいありませんか? ご病気で長期欠席されるという届けが出ていますが
入寮手続きの最前列。
書類を提出するなりの受付のお姉さんの言葉に、私は一瞬、頭が真っ白になった。
双葉テマリ
双葉テマリ
病気って……。私、いたって健康ですが
受付のお姉さん
療養のために三ヶ月間休学するという届けが出ていますよ
双葉テマリ
双葉テマリ
まっ、まさかそんなハズは、
みるみる顔を青くする私に、事務員さんは事務的に書類のファイルをめくる。
受付のお姉さん
復学予定は七月一日になってます。昨日、ご両親からお電話いただいたようですね
双葉テマリ
双葉テマリ
そんなっ。父は今、借金返済の旅でマグロ漁に出てて、母も山小屋の住みこみですし、休学届なんて出すわけありません!
私の必死の訴えに、今度は事務員さんのほうがマジマジと私を見つめ返してきた。
この天下の天王寺学園の保護者が、借金? って、そんな顔だ。
私の後ろで列に並んでる新入生代理の執事さんたちまで、「何事でしょう」「借金とか聞こえませんでしたか」「まさか」とざわめきだす。
で、でも私、ここで退くわけにはいかないんだよ。
今日寮に入れなかったら、私には今夜の宿すらないんだから……!

なんの因果か、双葉家はそろいもそろって不運体質の超ビンボー一家。
大昔はナントカって大名家にお仕えしてた古い家系らしいけど、不運の波に押し流されて、今や明日のゴハンに事欠く毎日。私もずっと、バイトや内職の動画づくりで家計を支えてきたんだ。
でも今年、キセキ的にこの日本屈指の名門校、「天王寺学園」の特待生に合格できて、お金を払わないでも学校に通えることになったし、両親も出稼ぎ先が決まって。
これはとうとう双葉家にも希望の光が見えてきたぞって、家族それぞれ新しい門出をむかえた───はずだったのに!
双葉テマリ
双葉テマリ
その届け、まちがいです。もう一度ちゃんと調べてください。私、アパートも引きはらっちゃったから、寮に入れなかったらホントに困るんです!
事務員さんはしぶしぶ、昨日の電話を受けた担当の人に呼び出しをかけてくれる。
私は受付台に置いた手を握りこんで、息を吞む。
ビンボーヒマなしすぎて、友達も作れなかった暗黒の中学時代。ファンスタで「架空の青春生活」しちゃうくらい切ない日々だったけど、これからはフツーの高校生活をエンジョイできるんだって、リアルな友達とプリ帳集めたり放課後遊びに行ったりできるかもって、すごくすごく楽しみにしてきたんだ。
なのにまさか出鼻からこんな事態になるなんて……!
くちびるをかみしめた、その時。
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
やっと見つけた! テマリ、気配がうっすいんだよ!
背中に響いた、ぽっかーんっと空に突き抜けるような明るい声。
ふり返ると、そこに二人の生徒が立っていた。
今の声の主らしい、小柄できゃしゃな体つきの、マスクで顔をおおった男子。
と、あともう一人。すらりと手足の長い、いかにも頭のよさそうな静かな瞳に、薄い唇をフキゲンそうに引き結んだ、背の高い人。見とれるような、さわやかイケメンさまだ。
制服のネクタイが赤だから、私と同じ新入生みたいだけど……。
こんな華やかなオーラをまとった若者が、私の知り合いのはずがない。なのに彼らの視線はまっすぐ私に集中してる。
しかも今、「テマリ」って言ったよね?
双葉テマリ
双葉テマリ
ど、どちらさま、です?
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
ほらテマリ、早く行くよ!
マスク男子が、ぐわしっと私の右腕に手を回す。
な、なに!?
さわやかイケメン
さわやかイケメン
彼女、勝手に病院を抜け出してしまったみたいで。届けどおりで大丈夫ですから
事務員さんににっこり微笑んだイケメンくんも、私の左腕を確保する。
啞然とする私の耳に、彼が身をかがめ、きらきらしい顔を近づけてきた。
さわやかイケメン
さわやかイケメン
黙ってついておいで
私にだけ聞こえる音量で響いた、低くてオトナっぽい──有無を言わさぬ声。
私は彼らに囚われの宇宙人よろしくズルズル引きずられ、受付から遠ざかっていく。
事務員さんがうらやましそうに見送ってるけど、ちょっと待って、これってもしかしなくても誘拐だと思うんですけど……!!


ぽいぽーいっと、荷物みたいに軽い調子で投げこまれたのは、女子寮から遠く離れた、校舎の図書準備室。
マスク男子が後ろ手に鍵をしめる音が、不穏に響いた。
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
じゃ、手っ取り早く、ササッと脱いで
双葉テマリ
双葉テマリ
はぁっ!?
マスク男子の明朗快活な声に、私は目玉をひんむく。
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
そのボロ雑巾みたいな中古の制服、さっさと脱いでよ
双葉テマリ
双葉テマリ
これ、ですか?
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
うん
脱げって、これを脱いだら、素っパダカだ。
い、いくら超絶ビンボーで存在感皆無の私でも、まだ一応、女子としての羞恥心は多少なりともありましてっ!
ズザザザザッと後ろに下がった私の背中に、窓ガラスの冷たい感触。
窓! そうだ、窓から逃げれば!
私はふり返るなり窓に飛びつき、ぐわらと開けた窓に足をかける。
さわやかイケメン
さわやかイケメン
待ちなよ、TEMAちゃん
窓わくにかけた手に、電流が走った。
双葉テマリ
双葉テマリ
今……なんて……?
ゆるゆる後ろを見れば、さわやかクンのほうが、こんな状況じゃなければ好感度二百%の涼しい微笑みを、私に向ける。
さわやかイケメン
さわやかイケメン
聞こえなかった? もう入寮手続きの締め切りまで時間ないし、俺たちの話をさっさと聞いてほしいんだけどな、TEMAちゃん
聞きまちがいじゃ、ない。確かにTEMAって言った。
頭から氷水をかぶったように全身がわなないた。
バレてる……! あのアカウントの持ち主が、私だって。
な、なんで!? 私の素顔からじゃゼッタイ気づきようもないはずなのに!
窓にかけてた右足がすとんと床に戻る。元通り窓を閉めると、彼はまた微笑んだ。
さわやかイケメン
さわやかイケメン
よくできました
双葉テマリ
双葉テマリ
あ、あなたがた、なんで私のことを
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
調べちゃった
今度はマスク男子のほうが、無邪気に笑う。
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
でもまさか、ファンスタのアイドルTEMAが、こんな空気な女子だとは思わなかったよ。ってゆうかテマリ、存在感なさすぎじゃない? うちの調査員が君の元同級生にあたっても、みんな『双葉テマリって、そんな子いたっけ』って首かしげてたらしいよ。かろうじて学級委員してたコが思い出してくれたから、どうにか話を聞けたけど
彼は胸からメモ帖を取り出して、ぺらりとめくる。
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
双葉テマリ、中学時代に関する報告、その一。朝礼が始まると、いつの間にかカゲロウのように座ってて、放課後はまたマボロシのように消えている
双葉テマリ
双葉テマリ
そ、それは、バイトがあったから
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
その二。昼休みもコツゼンと姿を消し、修学旅行も不参加。でもクラスメイトは全員参加だと思いこんで、なんの違和感もなかった
双葉テマリ
双葉テマリ
お弁当がいつも塩むすび一つで、恥ずかしかったんです。修学旅行もお金がなくて
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
唯一テマリを覚えてた学級委員のコも、時々、ホントに実在するクラスメイトなのか分かんなくなったって。一時は、幽霊か都市伝説かってウワサもあったらしいよ
双葉テマリ
双葉テマリ
そ、そんなウワサが……
自分のことながら冗談みたいな存在感のなさだ。
乾いた笑いをもらす私に、マスク男子も目を細めて笑ったようだ。
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
夏も同感でしょ? きらきらリア充女子学生ってかんじのTEMAのイメージとは、落差が激しすぎるよねぇ
さわやかイケメン
さわやかイケメン
ま、一万人いるフォロワーのうちの一万は、全然ちがうコを想像してるだろうな
夏、と呼ばれたさわやかクンは、小さく肩をすくめた。
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
だよねぇ。憧れてるコたち、リアルなTEMAを見たらショックだろうなぁ~
双葉テマリ
双葉テマリ
ちょ、ちょっと待ってください
あまりのことに声が震える。
双葉テマリ
双葉テマリ
あのアカウントは、すごく大切なモノなんです。どうかこのコトは内密に……っ!
友達一人もいない空気のクセに、リア充のふりして投稿してたなんてイタすぎる。バレたらあんなキラキラした動画、恥ずかしくって二度とアップできなくなるよ。
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
でもさ、黙っててあげたいのに、テマリってば逃げようとするから
双葉テマリ
双葉テマリ
おどしてるんですか
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
ちがうよぉ、お願いしてるだけだよ
マスク男子の目は、心から笑ってる。自分が言ってることがまったくもって正しくて楽しくてステキなことだって、心底思ってる目だ。
私は彼らをにらみつけ──ようとして、一瞬で二人の視線に負けて、目を泳がせた。
なんだこの人たち。なんでこんな非道なコトしてんのに自信満々なんだ。
双葉テマリ
双葉テマリ
きょ、脅迫されたって、警察にかけこみますよ
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
そんなこと言わないほうがいいよ。僕のお願いを聞いてくれたら、君の両親の借金、僕が返してあげるつもりなんだから。ポケットマネーで、まるっとぜんぶ
マスク男子は、ジャケットの胸から黒いクレジットカードを引き抜いた。
双葉テマリ
双葉テマリ
借金ぜんぶ……!? だってウチの借金、一千万オーバーですよ
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
あっそ。いいよベツにそのくらい。君にはちょっと時間もらうけど、それで借金全額返済なんて、願ってもないラッキーでしょ?
諭吉さま千人分を、いいよベツにそのくらいって、一体どんな金銭感覚だ。
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
どうする? テマリ
悪魔はにっこりと笑う。
私はごくりとノドを鳴らし、彼が指にはさんだブラックカードを見つめる。
もし借金がなくなったら──。そしたら、お父さんもお母さんも危険な仕事をやめて、すぐにでも戻ってこられる。家族三人で、また一緒に暮らせる?
お父さんたちの哀しいほど善良な笑顔が心に浮かんでくる。
その時、ブブッと胸ポケットの携帯が鳴った。
どうぞ、とさわやかクンに目でうながされ、私はとまどいながら画面をスライドする。
双葉テマリ
双葉テマリ
お父さん
送られてきた写真には、春なのに寒々とした漁港の写真と、「これからがんばってくるな!」という悲壮なメッセージ。
……お父さん、大丈夫かな。海の男たちの中で何ヶ月も遠洋漁業なんてやってけるのかな。お母さんも高山の山小屋なんて、病気やケガでもしたら大変だよ。
なるべく考えないように抑え込んでた心配な気持ちが、堰を切ったように溢れてくる。
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
ま、テマリが無理ならしかたない。次の候補に当たろっかな。TEMAの素顔の写真、手がすべってファンスタに広めちゃうかもしれないけど、それもしかたないよね
マスク男子が身を返し、戸の鍵を開ける。
そっ、そんなことされたら、私の大事な居場所が……!!
双葉テマリ
双葉テマリ
ま、待って!
私は、冷や汗のにじむ手のひらを握りこんだ。
双葉テマリ
双葉テマリ
…………や、やります! 双葉テマリ、なんでもやらせていただきます!
リアクション芸人バリの決意で叫ぶと同時。マスク男子は、
マスクで顔をおおった男子
マスクで顔をおおった男子
そうこなくっちゃ!
ぱちんと指を鳴らした。

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