突如現れた黒スーツのお姉さまがたに制服をひんむかれ、眉毛をざくざく整えられ、カラコンをつっこまれてパッチリ二重に改造され、さらには睫毛をビューラーではさまれて涙ぐむ。
叱られてビシッと背を伸ばせば、首すじにハサミの冷たいカンショク。ひっつめて結んでた色気のない髪が、バサバサ床に落ちていく。
そして細長いひも状のモノが首に巻きつき、ギュッと絞めあげてきた!
く、苦しいっ! 絞殺!? もしかして私、騙されたのか。お父さんお母さん、馬鹿な娘でゴメンナサイ。両親に今生の別れを告げていると──急に嵐が収まった。
おっかなびっくり目を開けたら、お姉さまがたが満足げに私を見つめてる。
ガラガラと音をたてて運ばれてきた、台車つきの全身鏡。
その鏡の中に、いかにも良家のお坊ちゃまふうの上品な男子が映りこんだ。
すっきり整えられた襟足。フワフワやわらかそうな前髪が白い額にはらりと落ちる。繊細なアーチを作る眉は、男の子らしくキリリとしつつも優しげな表情だ。
彼が身に着けているのは、この学校の制服。
Yシャツに上質な白生地のブレザー、タータンチェックのスラックス。
ラフに着くずした襟もとから、きゃしゃな首すじがスッと伸び、成長期特有のはかなさと危うさが香り立つようで──。
鏡の中の彼はなぜだか目をまん丸にして、こちらを見つめている。
どこかで見た顔に、私は目を瞬いた。
お姉さんがたが、たがいの健闘を讃えあいながら撤収していく。
遠ざかるメイクワゴンの音を聞きながら、私はまた、目の前の鏡に視線を戻した。
つぶやいた私と同じタイミングで、鏡の中の彼が口を動かす。
──ん? 私たちは真顔で見つめあった。私は右手を上げる。彼もつられて腕を上げる。私が口をぱくぱくすると、彼もそれをマネする。
まじまじと見つめる鏡から、彼も私を見つめ返す。
ほっぺたを挟むと、鏡の中の彼も同じ動作をする。内股の足が気持ち悪い。
そうだ! 誰かに似てると思ったら、この顔、TEMAに似てる! 私がメイクで作りこんだあの顔を、カラーレスのメイクにして、睫毛をシュッと涼しく下向きに伸ばして、カラコンの直径を控えめにする代わりに、瞳に淡い茶色を混ぜこんで──。
まるでTEMAの男子バージョンだ。
私はバッと頭に手をやり、胸までとどいてた髪がすっかすかになっていることに青くなり、首を絞めあげたのがロープじゃなくてネクタイだったことにホッとする。
コレ、一体どういうことなの!?
私の背後にさっきの二人が並んだ。
満足げなマスク男子のとなりで、さわやかクンが目を大きくする。
夏サンはアゴにこぶしをあて、しかたなく、といった調子でうなずいた。
なにやら私の知らぬ間に話が進行してる。
私の問いかけをまるっと無視して、マスク男子は目を細める。
そして彼はゆっくりとマスクを外した。
鏡の中に、そっくり同じ顔が、二つ並んでる。
さすがに私のほうが線が細いけど、別々に現れたら見分けがつかないくらい似てる。
私は声も出ないまま、震えながら、彼に視線を移す。
鏡の中で同じ顔がニマッと笑った。
そんな今だけオトクなセール実施中みたいな売り出し方されたって。
冗談みたいなセリフとは裏腹なホンキの目に、私はリトマス紙よりも青く染まっていく。
春臣サンはにっこり笑う。
ほっぺをプンスカ膨らませる春臣サンに、私はもう言葉もない。
でも腕を組んで突っ立ってる夏サンご本人は、ものすごく迷惑そうに顔をしかめてる。
無理です! って絶叫しかけた私の言葉を封じるように、春臣サンが私を覗き込む。
愛嬌のある大きな目が、フッと微笑んだ。
……と、なぜか、ノドがつまって、言葉が一気に腹まで押しもどされてしまう。
なんだこの、歳と顔に見合わぬハクリョクは。
ほとんど同じ視線の高さからまっすぐ見つめられて、私は息もできない。
彼は親しげに私の肩をたたくと、そのまま横を素通りする。
私がバッとふり返ったときには、彼はもう窓わくを飛びこえ、外に着地していた。
ベンツに回収された天王寺春臣の姿は、排気音と共に私たちの前からかき消えた。
…………私は、窓の外をふき流されていく桜の花びらを見送り、そして背後の、うんざり顔の夏サンとやらをふり返り、最後に、鏡の中の見慣れぬ自分を見つめた。
この十数分で過ぎ去った嵐があまりに現実離れしすぎてて、脳の処理が追いつかない。
い、いや、どう考えても男子寮で身代わり生活なんて、無理に決まってますからっ!!
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。