「あ、あなたは誰ですか?」
「俺?俺は雫 静哉。あ、3年ね。」
彼はそう言ってヘッドフォンを差し出してきた。それでも、私は借りるのを躊躇った。
「いや…あの…大丈夫です。悪いですし。」
「・・・。」
断ると、彼は少し黙って考えているようだった。すると、また声が聞こえてきた。声の主は彼だ。でも、彼は口を開いていない。
『見るからに同じ学校だよな…。あと、15分はかかるし、やっぱり貸した方がつらくないかな。』
「あの、やっぱりしといてください。見てるのつらいんで。」
彼の押しに負け、私はヘッドフォンを借りることにした。
「あ、ありがとうございます。」
いや、彼の押しに負けたわけではない。きっとさっきのは彼の考えてるときの声だ。私は、その声を聞いてなぜか安心感を抱いた。
【この人はちゃんと私のことを考えてくれている】
と。だから、“借りても平気”だと思った。
私は貰ったヘッドフォンを耳にあてた。音はコードを抜いているため聞こえてこない。おそらく、そうしてくれたのだろう。
しばらくして私の頭に結論が浮かび上がってきた。
(信じたくもないけど、きっと私は他人の気持ちが声となって聞こえるようになってしまったんだ。だから、こんなに声で溢れていたんだ。)
バスが学校に一番近いバス停に停まった。私は降りてからヘッドフォンを返すために、先に降りていた彼を探した。
(あ!)
「あの!」
私の声は届いていない。
「あの!」
彼は振り向かない。
「静哉さん!」
やっとの思いで彼を引き留めることに成功した。
「これ…ありがとうございました。」
「あ、はい。」
『思ったけど、放課後…』
(また声が・・・。)
「あのさ。」
「は、はい!…はい?」
何か言われそうな予感はしてたが、驚いて声がうわずってしまった。
「変な声になってるよ?」
ははっと笑う彼に、少しだけ鼓動が早くなった。
「あーごめん。そう、これ明日返してくれればいいよ。その感じだと放課後もつらいでしょ。」
「え、あ、ありがとうございます!」
彼は渡したヘッドフォンを私の手に置いた。
「何かあったんでしょ?なんつーか動きが異常だったし。俺3年5組だから、朝会えなかったら届けに来て。」
「分かりました!本当にありがとうございます。」
私が頭を下げると、いいよいいよと先輩は私の体を起こす。その時、
『確かこの子も3年だったよな…?』
そう聞こえて思い出した。
「あ、私3年7組の四条 三依です。名前いい忘れてましたね。」
「了解!やっぱり同級生だったんだね。」
「そうですね!さすがに200人を超える生徒が居ると会ったことの無い人も居るんですね。驚きです。」
「あ、同級生だから敬語じゃなくて良いよ?」
「あ、ごめん…な…さい。」
「なんか慣れないね。こういう感じ。」
「そうだね…。」
そんな自己紹介をしているうちにすぐに学校に着いた。周りの声も気にならずに。
「じゃ、また明日会えたら!あと、呼び方静哉で良いよ。」
「私もなんて呼んで貰っても大丈夫だよ。じゃあ明日会えたら!」
そう言うと私たちはそれぞれの教室へと向かった。その途中で私は彼の名前を繰り返し呼んでいた。
(静哉、静哉、静哉・・・すごく優しい人だった。明日も会えるんだ。そう言えば、静哉と話しているときは、あまり周りの声が気にならなかったな。…不思議な人。)
私はこの時まだ気づいていなかった。この力は恐ろしく、私を苦しめるものになるということを。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。