第7話

回帰線 I
972
2021/06/01 13:17
ビル街を吹き抜ける春風は不安定に心情を乱す。穴が空いたような晴天に、じんわり汗が浮き上がる。


耳にうるさい若者の声は、平日の昼とてあたりに鳴り響いている。

昼の渋谷に警察官が三人。素敵な光景ではなかった。
恋路 幸彦
恋路 幸彦
この渋谷署から……彼女の家まで……行方がわからなくなったのはこの辺りですか?彼女の住所は確か……
大祓 麻衣
大祓 麻衣
渋谷駅から徒歩十分、ここの地価では考えられないほど家賃の安いアパートです、どうやら事故物件だとか
庄司 高埜
庄司 高埜
渋谷署の目の前……ということはないだろう。彼女の家の方からここまで、歩いてみよう
どう考えても、“捜査”という感じはしなかった。行きたくなかった遠足に付き合わされているような気分だ。

平日の昼というのに、相変わらずの人だ。どちらかと言うとスーツの姿が多いようだが、すました若者も負けず劣らずの多さだ。
大祓 麻衣
大祓 麻衣
あっー、恋路さん見てくださいよ!
大祓がいつになく笑顔で、ぐるりと後ろ側を指した。声も若干高くなったように感じる。

突然の変化に幸彦が冷や汗をたらしたことは言うまでもない。
恋路 幸彦
恋路 幸彦
え、なんでしょう
大祓 麻衣
大祓 麻衣
ほら、あのお店!知らないんですか?最近人気のクレープ屋さんです
大祓が元気よく指していたのは、クレープのキッチンカーだった。
こんな時間だが、二、三人の人がクレープを買おうと並んでいる。彼女はおもむろにスーツからスマホを取り出し、SNSアプリを開いたかと思うとそれを男二人の前に見せた。甘くて美味しいだとか、なんだか店が繁盛しそうなことがこれ見よがしとずわっと並べられていた。「ホイップステーション」とかいう名前らしい。
庄司 高埜
庄司 高埜
あー、知らない、なぁ……。おい、恋路、知ってるか?
恋路 幸彦
恋路 幸彦
残念ながら……
仕事に連れ回され日々を消費してきたためか、ほとんどそういったことに無頓着に生きてきた二人にはクレープという単語しかわからなかった。
恋路 幸彦
恋路 幸彦
あ、防犯カメラですね
現実に引き戻されたかのように、大祓は声に対して反射的に幸彦の指の先を見やった。
大祓 麻衣
大祓 麻衣
あ、本当ですね
恋路 幸彦
恋路 幸彦
もう調べましたか、あれは
庄司 高埜
庄司 高埜
調べた。もちろん、黒パーカーの男が写っていたぞ。浅山雪_______一人目の被害者はこの防犯カメラに映った後、行方がわからなくなっている。浅山雪の自宅はこの道をまっすぐ、約二百メートル先のアパートだ。えー、確か……そう、「ライ・メゾン」の二〇二号室
シャターの音、車の走行音、喧騒、空気が充満していく。
恋路 幸彦
恋路 幸彦
この二百メートルの間で……。次の被害者は原宿ですか、ここから近いです、次、行きましょう
踵を返し駅へ向かうその姿を追いながら、大祓は初めてそれに出会った時とは正反対の感情を抱えながら、人の移ろうキッチンカーを目の端に留めた。

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