幸彦は勢いよくエンタキーを鳴らした。句読点を打ったことに対してこう嬉しいこともないだろう。
精一杯伸びをして、首をぐるりと回す。
時計を見やると、短針は丁度三を指していた。ずいぶん時間が経っている。思い返せば、彼は昼食をとっていなかった。
胃がグッと縮んで、悲鳴をあげている。
室内の隅の方を見やると、パソコンを眺めながらコーヒーを啜る課長の顔が映った。
そこにいることを確認してから、幸彦はあくびを噛み殺しながら席を立った。
警視庁公安部リア充対策課課長___もとい、三ツ矢快事は幸彦と大祓の姿を見ると、思い出したように立ち上がった。
三ツ矢は頷きながらキョロキョロを当たりを見渡し、また自分に頷いた。
“事件”という単語に二人は奇妙な感覚を覚えた。と同時に、何か厄介なことが起きたのではないか、とも思った。
リア充対策課の取り締まるものは、“事件”ではなく“案件”と呼ばれる。正式にそう決めてあるわけではないし、むしろ正式な呼称は“事件”なのだが、“事件”なんて大仰な、ということで“案件”というニュアンスに落ち着いている。
案件ではなく事件と呼んだところに、引っかかる。
三ツ矢はそう言って向こうのほうを指した。
一人の男が、こちらに向かってきている。
一歩一歩が大きく、そしてなんとなく泥臭いような感じがした。
彼のスタイルから、公安部の人間でないことは明白であった。スーツの襟では赤色のバッチが光っている。
刑事部、捜査一課。
庄司と名乗った男は序盤の真面目さを捨て置き、幸彦の顔を認識した瞬間に目を丸くした。
普段表情筋があまり動かない幸彦も、こればかりは驚いた顔をした。
大祓は納得したのか、へぇ、とだけ言って課長の方に向き直った。
幸彦が尋ねる。庄司はため息をつき、
と言った。彼は当然の振る舞いで話を続けた。
大祓は同じ巡査部長であるはずの庄司にタメ口で話されていることに対し、やや不快感を抱いていたが、話を聞くうちに、そんなことは忘れてしまっていた。
庄司が資料を手渡す。渡された資料を見て、幸彦はどことなく一筋縄ではいかない気がしてきた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。