「どうぞ、ゆっくりご覧になってくださいね」
スーツ姿の営業マンが、
にこやかに案内してくれる。
視線の先には、
広くてピカピカの玄関。
壁一面には大容量の
シューズボックスが備え付けられていて、
ふたり分の靴なんて余裕で入りそう。
「えーっと……」
その場に立ち尽くしていた私をよそに、
千空は当然のような顔で靴を脱ぎ
さっさと室内へと足を踏み入れる。
「ちょ、ちょっと待って、
え?ここって……」
「内覧つったろ」
「いやいや、待って?
たしかに、一緒に住むって話はしたけど……
その時って、千空の家に私が住む
みたいな流れじゃなかったっけ?」
「てめぇんちにある物量、職場との距離、
ふたりで住むうえでの使い勝手。
その辺考えんなら、あの部屋は不向きだ」
「そ、そうなんだ……」
あまりのテンポ感に、
返事すら追いつかない。
というか、まずここに来てるという事実に
頭がついていってない。
「そもそもいつの間に予約してたの?
私、聞いてな……」
「いつも言ってんだろ。
" 迷ってる時間が一番ムダ "って」
まぁ、確かに。
確かに言ってるけど!
展開が早すぎるにもほどがある。
そんな気持ちを抱えたまま、
千空の後ろをついて部屋を見て回る。
キッチンでは、
「ここ使うのはてめぇだろうからな、
機能的にはこんなんでいいのか?」
「シンクの高さは……
まぁ、身長的にも問題ねぇか」
洗面所に行けば、
「収納スペース、こんだけありゃ
今てめぇんとこにあるもんも入るか?」
とか、実用性重視の確認が続く。
突然で驚いたけど、
こういう会話はなんだか……
(し、新婚さんみたい……)
ふたりで未来の暮らしを想像しながら
会話してるのが、なんだかくすぐったくて。
千空はあくまで
合理性でしか見ていないのかもしれない。
でも思考の先に、ちゃんと私がいる。
そう思うと、
自然と口元がゆるんでしまう。
(あー、私はもう、どこでもいいよ。
千空と一緒にいられるなら)
そんな私の気持ちなんて
知るよしもない千空は
飄々と部屋の奥まで歩いていく。
きっとこのやりとりは、
何年経っても思い出す。
まだ住んでもいないこの部屋で
ふたりで未来を覗き込んだこと。
「俺的には、ここで良さそうだが……どうだ?」
振り返った千空が、
まっすぐに私を見た。
迷いなんて、
あるはずなかった。
「うん。私も、ここがいい」
そう答えると、千空は一瞬だけ目を細めて
どこか満足そうに頷いた。
私もつられるように
自然と笑みがこぼれる。
──── 春が来るまでは、もう少し。
❁⃘*.゚┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ ❁⃘*.゚
すいません、
書きながらニヤついてます。笑












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。