「ごめん!遅れた?」
「いや、全然大丈夫だよ。」
次の日の放課後。
言われた通り私たちは昇降口に集まった。
「今から俺が通ってるピアノ教室行くよ。」
「うん。」
十分もしないで着いたのは昔からある馴染みのあるピアノ教室だった。
「先生!歌い手この子にする!」
中に入って第一声。
澤藤は大きな声で言った。
中には様々な年齢層の人がいて澤藤の声にみんなが私たちの方を見た。
何考えてんの澤藤は!めちゃくちゃ恥ずかしい!
「あら!見つけるの早かったわね。」
奥から出てきたのは三十代の女性だった。
「初めまして。三河春歌です。」
「初めまして。早速だけどこっち来てくれる?」
「は、はい!」
言われるがままついて行くと、ど真ん中に大きなグランドピアノが置いてある教室についた。
「えっと、今日はとりあえず澤藤くんはピアノを弾いて三河さんはこの歌詞に一通り目を通してリズム覚えてちょうだい。ラジカセに歌は入ってるからそれを手本にやってみよっか。」
先生に渡された歌詞が書かれている紙を見た。
歌詞を見ただけで分かった。
どのフレーズも繊細だ…。
「よし。セット完了!じゃあ、聴いててね。」
そう言うと澤藤はピアノを引き始めた。
音色の一つ一つが雨粒のように私の耳に入っていく。
ラジカセから聞こえる歌、初めての音色のはずなのにスムーズに歌詞が当てはまっていくなんとも言えない感覚。
不安が飛んでいき残った感情は”歌いたい”
たったそれだけだった。
一瞬で虜になってしまった。
「どう?分かんなかった箇所とかある?」
「ううん、大丈夫。」
「三河さん。大変だろうけど一ヶ月後、よろしく頼むわね!」
え?
「はぁ?一ヶ月しかないの?なんで先に言わないのよ!」
「あれ?澤藤くん、言ってなかったの?」
「あー。…忘、れてた…」
バツが悪そうに澤藤はそっぽ向いた。
一ヶ月か。
急がないと。
絶対このピアノと歌で優勝したい。
下手でも頑張れば少しは良くなるはず。
「ちょっと、もう一回弾いてちょうだい!次はちょっと歌いながらやりたい。」
澤藤はキョトンとした顔をしてすぐに
「オッケー!」
と言って笑って見せた。
澤藤のピアノに合わせてリズムをとりながら歌っていく。
「…………澤藤くん。この子どっから見つけてきたの?」
先生がぽつりと言った。
私、やっぱり無理だったのかな…
「同じクラスでたまたま歌、聴いて。」
「三河さん。合唱部とかに入ってる?コーラス部とか。」
「い、いえ。人前で歌うのが苦手で入ってないです。」
「優勝………しちゃうかもしれないわね。これ。」
「でしょ!?俺の耳に狂いはなかったよ!」
「あ、あの!私なんかで大丈夫ですか?」
「何言ってるの?三河さん。あなたの歌声は誇れるものよ?大丈夫、自信を持ちなさい!」
「俺は、三河の歌声を聴いて三河じゃなきゃダメだって思ったんだ。だから自信持て。」
「そうよ?澤藤くん誰でもいいって考えがないのよ。求める条件が厳しいのよ。」
先生はそう言い笑って見せた。
ずっと思ってた。
認められたいって。
たった一人だけでもいいから……。
「私、一生懸命頑張ります!」
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!