校外学習から数日後の放課後。
僕と縞原さんは美術の補習で美術室に残っていた。
似顔絵の後は写生で、偶然にも僕と縞原さんだけ授業内に描き終わらなかったのだ。
ちらり、と写生する対象から縞原さんへと視線を移す。
夕日に照らされたくせっ毛の髪と綺麗な横顔を見つめながら、ふと、先日の疑問が掘り起こされた。
なぜ、縞原さんは僕に対して「憶えていて」と言ったのだろう。
確かにあの時、縞原さんはどこかへ消えてしまいそうな雰囲気があった。
けれどそれは僕の勘違いにすぎないし、今もちゃんと縞原さんはここに存在している。
分からない。
縞原さんはなぜあの時、期待したような目でこちらを見つめていたのだろうか。
分からない。
分からないけど、期待したような目の裏側で泣きそうな色が揺らめいていたから、縞原さんが何かを言えずに隠しているのは気付くことができた。
今聞けば、はたして目の前の彼女は話してくれるだろうか。
さっきからぼーっとして、どうしたのかなって。
縞原さんはそう言って、持っていた筆をゆっくりとパレットの上に置いてから僕の方を向いた。
気まずさで縞原さんから目を逸らす。
顔は見えないが、息を飲む音が聞こえた。
何か、いけないことでも聞いたかな。
僕がそう言うと、縞原さんはそっと目を伏せてから僕をまっすぐ見つめた。
聞いても良い、らしい。
そう言って苦笑する縞原さんの顔がどうしても辛そうに見えて、能力を聞いたことを僕は少し後悔した。
だって、こんな顔するなんて思わないじゃないか。
それに、告げられた能力だって····
そうでしょ、とでも言うように、縞原さんは目を細めて笑った。
だいしょう。僕がそう呟くと、縞原さんは僕から目線を外して、さっきまで見つめていた自身の絵を見ながらそっとキャンバスに指を添えた。
美術室のカーテンが、少し肌寒い風に揺れる。
縞原さんが口を開く。
風に乗ってきたその言葉は、現実ではとてもありえない事だった。
そっとキャンバスを撫でて言う。
人差し指でキャンバスに円を描く。
そう最後に言えば、縞原さんはキャンバスから手を離してまた僕の方を向いた。
縞原さんはそう言って、くすりと笑う。
もう、辛くて悲しい顔はしていなかった。
僕はそうやって、笑い返した。
本当はなんとも言えなくてやるせないけど、縞原さんが笑うから。
僕は絶対、忘れない。
忘れられない、人だから。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。