第9話

自分になれない - 2 -
56
2022/05/26 19:28
俺
はぁー···
放課後になった。
一緒に帰ろう、部活の見学に来ないか、等の声をやんわりと断ってからしばらく経つと、窓の向こうの空は茜色。

教室には俺しかおらず、気が抜けて思わず大きなため息がこぼれる。
俺
何でみんなあんな元気なワケ···?
転校生といえばやはり席に押しかけ質問攻め大会である。

はっきり言おう。クッッッソ五月蝿い。
ここは放し飼いの動物園なのか??と疑ってしまうほどには五月蝿いし煩わしい。
俺
そもそも俺は聖徳太子じゃねーっつの。そんな一気に喋られても対応できねぇよ分かれよ動物園の飼育される方の従業員共
しかも隣の席の奴には「うさんくさ」と言われる始末。
今日は厄日なのだろうか。散々な一日だった。
せっかく初印象は上々だと思ったのに·····
藍沢 波木
藍沢 波木
えぇ?私は動物園の飼育する方だと思うけどなぁ
俺
!?!?!?
突然前方から聞こえた声にびくりと肩が大きく揺れた。
ついでに言うならガタンと椅子も揺れた。あと少し傾けば後ろにひっくりかえっていた。
縞原 紀乃
縞原 紀乃
波木は飼育される方。これは揺るがない
藍沢 波木
藍沢 波木
ひどい
縞原 紀乃
縞原 紀乃
事実
藍沢 波木
藍沢 波木
泣いていい?
縞原 紀乃
縞原 紀乃
星谷はエサ
星谷 京
星谷 京
泣いていい?
やばい。やばいやばいやばいやばい。

目の前で繰り広げられるツッコミどころ満載な会話におもしろいねーなんて言えないほどにはやばい。

聞かれた?あの素丸出しの独り言を聞かれた?
バレるの早過ぎないか??
藍沢 波木
藍沢 波木
しれっと無視された····傷付いた···
星谷 京
星谷 京
エサ···僕が···エサ·····
縞原 紀乃
縞原 紀乃
ところで桐生
俺
お前よくそこで後ろの二人ガン無視して何気ない顔で俺に話しかけられたな?神経図太すぎか?
やばい状況ではあるが、これには思わずツッコミを入れてしまった。

初対面で「よろしく」の返答に「うさんくさ」も相当だが、今の流れをぶった切れるこいつの神経が計り知れない。
ついでにスルースキルも天元突破している気がする。
縞原 紀乃
縞原 紀乃
それが素?
俺
エッ今の俺の言葉もスルー??
縞原 紀乃
縞原 紀乃
それが素?
それ二回目···。わざわざ無視して聞き直したな?

目の前の人物がこの調子だからか、一周まわって焦りが無くなってしまった。

うーん····誤魔化せるか?
俺
あはは、何のこと?
藍沢 波木
藍沢 波木
猫だぁ
バレてやがる。

もう誤魔化しは効かないらしいので、にこりと笑っていた表情筋を全て削ぎ落とす。
表情筋の労働力節約ってね。
星谷 京
星谷 京
はわ···イケメンの真顔ってこわい···
「はわ」って何だよ「はわ」って。
なんだコイツら。言動を受け取るだけで疲れる。

それに···
縞原 紀乃
縞原 紀乃
こっちはうさんくさくないね
全員の心臓部分を見やれば、よく分からない動きをする天秤たち。

細かく言うならば、スルースキル天元突破の女は微動だにしない天秤。
ゆったりとした口調の黒髪女はぐるぐる止まりもせずに回り続ける天秤。
気弱そうな「はわ」の男は揺れすぎて一向に定まらない天秤。

そう、心が読めないのである。
俺
意味わかんねぇ···
こんなの初めてだ。何故なんだと思考を回してみるが結果は惨敗。
考えるだけ無駄だった。

天秤のことはともかく置いておいて、今は俺が猫かぶりであるという情報の拡散の阻止が先だ。
俺
あー···とりあえず、このことは内密に?
無理だろうなぁ、なんて思いながら口にするが、返ってきた反応は三人ともが一緒に頷く仕草だった。
俺
···え?まじ?黙っててくれる?
縞原 紀乃
縞原 紀乃
まぁ···喋っても私に利益ないし
藍沢 波木
藍沢 波木
私が言えば「出た!波木の冗談!」で終わるなぁ
星谷 京
星谷 京
会話できる人いないから···
なんか一人とても悲しい理由の人がいるが、黙っていてくれるらしい。

良かった···のか?
俺
はぁ····まあ、ありがとう
俺はそう言って、様々かつ奇怪な動きをする天秤たちを見る。

···もう考えるのやめよう。

思考は放棄されたのだった。

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