胸に付けられた造花をそっと撫でる。
いつも絵を描いていた場所から見える窓の外には、少しだけ曇った空が広がっていた。
静かに扉が開く音が聞こえる。
振り返らなくてもわかる。ここに来るのは、一人だけ。
私の名前を呼んだ園田くんは、それ以上何も言わずに隣までやってきた。
園田くんの胸にも、私と同じ造花が付けられている。
私たちは今日、この学校を卒業する。
三人で映画を見に行ったあの日。
私たちがまだ高校二年生だった、あの秋の日。
あの日を最後に、水瀬くんはぱったりと姿を消してしまった。
学校にも来ない。何度連絡しても反応はない。私たちは水瀬くんの家すら知らなかった、
先生に聞いても、何も教えてくれなかった。
ずっとずっと、園田くんと二人で待ってたし、探してた。
だけど、結局会うことが出来ないまま、高校の卒業式を迎えてしまった。
ぽつりぽつりと交わしていた会話は、次第になくなっていった。
また静寂が訪れ、私たちは黙って窓の外を見つめる。
別に、窓の外に何かがあるわけじゃない。
だけど、二人とも考えごとをする時は、いつもここにきて、窓の外を見ていた。
しばらく黙っていた園田くんが、口を開いた。
水瀬くんは『人の心を癒すため』に派遣されてきたアンドロイド。
ここでは、園田くんの心を癒すのが自分の役割だと言っていた。
園田くんが自分の手首を掴んでいることに気が付いた私は、立ち上がってその手を取った。
水瀬くんがいなくなってから、その癖を頻繁に見るようになった。
それが『寂しい』時の彼の癖だと知ったのは、いつだっただろう。
……ある日ふと、思い出したのだ。
初めて対面したとき、水瀬くんが「寂しくなっちゃった?」と聞いていたのを。
その時、園田くんが何かをこらえるように手首を掴んでいたことを。
こんなに寂しがってるのに、水瀬くんは一体どこにいるんだろう。
私が園田くんの手をぎゅうっと握ったその時、美術室の扉が開いた。
そこに立っていたのは、水瀬くんじゃなかった。
以前、体調がすぐれなかった水瀬くんを迎えに来た、研究員さんだ。
予想外の人物の登場に、呆気にとられていた私も慌てて頭を下げる。
私たちの目の前で立ち止まった研究員さんは、そう言って手を差し出した。
その手のひらにあったものに、私も、そして園田くんも目を見開いた。
どくどくと、変な音が耳の奥から聞こえてくる。
それは、二つの歯車だった。
その言葉に、私は全てを理解した。
この動かない二つの歯車は、
ずっと、『水瀬光』として動いていた歯車なのだと。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!