第22話

いなくなった彼
757
2022/11/06 23:00
胸に付けられた造花をそっと撫でる。

いつも絵を描いていた場所から見える窓の外には、少しだけ曇った空が広がっていた。
静かに扉が開く音が聞こえる。
振り返らなくてもわかる。ここに来るのは、一人だけ。
園田 類
園田 類
しおん
野間しおん
野間しおん
……うん
私の名前を呼んだ園田くんは、それ以上何も言わずに隣までやってきた。
園田くんの胸にも、私と同じ造花が付けられている。

私たちは今日、この学校を卒業する。
野間しおん
野間しおん
……結局、水瀬くん来なかったね
園田 類
園田 類
な。……どこで何してんだか
野間しおん
野間しおん
相変わらず返信はないの?
園田 類
園田 類
ない。いつも怖いくらい早かったのに
野間しおん
野間しおん
そっか……
三人で映画を見に行ったあの日。
私たちがまだ高校二年生だった、あの秋の日。

あの日を最後に、水瀬くんはぱったりと姿を消してしまった。
学校にも来ない。何度連絡しても反応はない。私たちは水瀬くんの家すら知らなかった、
先生に聞いても、何も教えてくれなかった。
ずっとずっと、園田くんと二人で待ってたし、探してた。
だけど、結局会うことが出来ないまま、高校の卒業式を迎えてしまった。
野間しおん
野間しおん
園田くんは、近くの大学だっけ
園田 類
園田 類
そう。しおんは?
野間しおん
野間しおん
私は専門学校。……パンを作る学校
園田 類
園田 類
ほんとにパンが好きなんだな
野間しおん
野間しおん
またお店に買いに来てよ。バイトは続けるから
園田 類
園田 類
大量じゃなければ
野間しおん
野間しおん
ふふ、それは食べさせて欲しいってこと?
園田 類
園田 類
読み違いだな。ひねくれずにそのままの言葉を受け取れ
野間しおん
野間しおん
なぁんだ。……園田くんは、大学で何を学ぶの?
園田 類
園田 類
心理学。……光が、興味示してたから
野間しおん
野間しおん
そっか……
ぽつりぽつりと交わしていた会話は、次第になくなっていった。
また静寂が訪れ、私たちは黙って窓の外を見つめる。

別に、窓の外に何かがあるわけじゃない。
だけど、二人とも考えごとをする時は、いつもここにきて、窓の外を見ていた。
園田 類
園田 類
……光は
しばらく黙っていた園田くんが、口を開いた。
園田 類
園田 類
光は、もう役割を果たしたのかな
水瀬くんは『人の心を癒すため』に派遣されてきたアンドロイド。
ここでは、園田くんの心を癒すのが自分の役割だと言っていた。
園田 類
園田 類
俺がしおんに出会って、仲良くなったから、光はいなくなった?
野間しおん
野間しおん
どうだろう……でも、もしそうだとしても、
水瀬くんの性格上、いなくなる前に何か言ってくれそうだけど
園田 類
園田 類
……そうだよな。
黙って、いなくなるような奴じゃないのは、わかってる
園田くんが自分の手首を掴んでいることに気が付いた私は、立ち上がってその手を取った。
野間しおん
野間しおん
寂しいね
園田 類
園田 類
……うん
水瀬くんがいなくなってから、その癖を頻繁に見るようになった。
それが『寂しい』時の彼の癖だと知ったのは、いつだっただろう。
……ある日ふと、思い出したのだ。
初めて対面したとき、水瀬くんが「寂しくなっちゃった?」と聞いていたのを。
その時、園田くんが何かをこらえるように手首を掴んでいたことを。

こんなに寂しがってるのに、水瀬くんは一体どこにいるんだろう。
私が園田くんの手をぎゅうっと握ったその時、美術室の扉が開いた。
野間しおん
野間しおん
あ……
そこに立っていたのは、水瀬くんじゃなかった。
以前、体調がすぐれなかった水瀬くんを迎えに来た、研究員さんだ。
研究員
お久しぶりです
予想外の人物の登場に、呆気にとられていた私も慌てて頭を下げる。
研究員
ご卒業おめでとうございます。
本日は、こちらをお二人に渡したくて
私たちの目の前で立ち止まった研究員さんは、そう言って手を差し出した。
その手のひらにあったものに、私も、そして園田くんも目を見開いた。
どくどくと、変な音が耳の奥から聞こえてくる。
それは、二つの歯車だった。
研究員
光が、望んでいたんです。
どうか受け取ってくださいませんか
その言葉に、私は全てを理解した。



この動かない二つの歯車は、
ずっと、『水瀬光』として動いていた歯車なのだと。

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