研究員さんの手の中にある二つの歯車。
もう動かないそれから、私も、園田くんも、目が離せなかった。
歯車を見つめながら静かに話す研究員さんの言葉は、
まるでしみ込むように私たちの耳に入ってくる。
水瀬くんの体調が悪くなったのは、ヒートを起こしていたからだという。
アンドロイドの処理能力を超えた感情までもアップデートしようとして。
尋ね返した私に、研究員さんは優しい笑みを浮かべてくれた。
そう言って、研究員さんは手のひらに乗せた歯車を撫でた。
歯車を見つめる研究員さんの顔は切なそうで、そして愛おしそうだった。
だから、と続けた研究員さんが、顔を上げて私たちを見る。
潤んだその目に引きずられて、私の目の奥もじん、と痛んだ。
水瀬くんは、もう動けるような状態じゃなかった。
また動けるようになるには、これまで蓄積したデータを消していくしかない。
だけど、水瀬くんはそれを拒んだ。
すべてを抱えたまま「水瀬光」として壊れることを望み、
彼が学んだ感情が他のアンドロイドたちに引き継がれることを願った。
彼の「後輩」たちが、この先もっと人に寄り添えるように。
研究員さんからの目から涙が零れ落ちた。
あぁそうだ、水瀬くんは、研究員さんを「親のようだ」と言っていた。
それは立場上の話だけではなく、本当に親のように接してもらってたんだ。
息子のように思っていた水瀬くんがいなくなることは、
研究員さんにとってどれほど辛かったことだろう。
研究員さんの言葉に、その様子が目に浮かぶ。
水瀬くんは本当に園田くんを、そして私のことも愛してくれていた。
あの言葉は嘘なんかじゃなかった。
そしてきっと、あの時の水瀬くんには分かっていたんだ。
こうして、一緒に居られなくなることが。
すべてを理解した瞬間、今までに感じたことのない感情が一気に溢れ出てきた。
涙と嗚咽が止まらない。
立っているのも難しくなった私を支えてくれる園田くんの目にも、
これまで見たことがない涙が浮かんでいた。
それを見ても、もう悔しいなんて思わなかった。
だって、水瀬くんはそれほどまでに大きな存在だったから。
彼はどんな気持ちであの最後の日を過ごしたんだろう。
アンドロイドとして生き続けるよりも、私たちとの思い出を抱えて壊れることを選んだ水瀬くん。
なのに醜い嫉妬をした私は彼が贈ってくれた愛に、「私もだよ」と返すことが出来なかった。
もし、あの日に戻れたら、「ありがとう」も「嬉しい」も全部ひっくるめて言いたい。
「私も愛してるよ」って。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!