我が家で一緒に夜ご飯を食べた日から、園田くんは私の名前を呼んでくれるようになった。
本当に時々だけど、笑顔も見せてくれるようにもなった。
嬉しかった。
園田くんに近付けたと思った。
だけど、私はまだまだだったみたい。
日陰にいると、少しだけ寒く感じる季節。
メンテナンスが終了したという水瀬くんが帰ってきた。
本当に喜ばしいことなのに。帰ってきてくれて嬉しいのに。
私の胸は、変な音を立てている。
水瀬くんの膝にぽろぽろ落ちるパンくずを、
園田くんがウェットティッシュで回収していく。
水瀬くんが照れたようにお礼を言って、園田くんが呆れてる。
笑顔を浮かべているわけじゃないのに、園田くんはすごく楽しそうに見えた。
水瀬くんが帰ってきて、一番喜んでるのは園田くんだった。
表には出さないけど、雰囲気が嬉しいって言ってる。
会話だって、私相手の時よりも弾んでいる。
園田くんにとって、私も水瀬くんと同じくらいの距離感になれたと思ってたのに、
思い違いだったらしい。
いつも美味しいはずのパンが、なぜか今日は味がしなかった。
放課後の美術室。
変な気持ちを紛らわせるために、絵を描こうとした。でも、描けなかった。
筆を持っても、それがキャンバスの上を走ることはない。
絵ってどう描いてたんだっけ、なんて初歩的な考えに至ってしまう。
私に見せてくれたような笑顔を、水瀬くんに向けてるわけじゃない。
だけど、絶対的に何かが違う。
そう思ってしまう。
静かな室内に、その声はよく響いた。
美術室に入ってきた水瀬くんは一人だった。
傍に園田くんはいない。
鞄を持ってるから、もう帰るのかもしれない。
水瀬くんに嬉しそうに報告する園田くんの姿は、簡単に想像できた。
多分、そこに笑顔はない。淡々と報告してる。
でも、楽しいって雰囲気は隠せてないと思う。
水瀬くんが園田くんの名前を呼ぶ度、私の心臓は変な音を立てる。
ぎゅうっと心臓のあたりを押さえた私は、息苦しさをごまかすように深呼吸をした。
何を話しても、私の心臓はおかしいまま。
水瀬くんの顔が見れない。
きっと、水瀬くんも私の態度がおかしいって気づいてる。
自分でもわかるもん、今の私は感じが悪いって。
それでも心配してくれるのは、水瀬くんの優しさだ。
水瀬くんの話を聞くのが怖い。
水瀬くんの口から園田くんの名前を聞くのが怖い。
あぁダメだ、私はきっと、水瀬くんに嫉妬してる。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。