第17話

この感情の名前は
1,233
2022/10/02 23:00
我が家で一緒に夜ご飯を食べた日から、園田くんは私の名前を呼んでくれるようになった。
本当に時々だけど、笑顔も見せてくれるようにもなった。

嬉しかった。
園田くんに近付けたと思った。
だけど、私はまだまだだったみたい。
水瀬 光
水瀬 光
類、食べるようになったね! 感心感心
園田 類
園田 類
誰目線なのそれ。変なこと言うならノート貸さないけど
水瀬 光
水瀬 光
それとこれとは話が別じゃん。
ね、類、これも食べる?
園田 類
園田 類
いらない。光が食べれば。またメンテナンスする羽目になるぞ
水瀬 光
水瀬 光
うーん、それは嫌だなぁ
園田 類
園田 類
ならちゃんと食え
日陰にいると、少しだけ寒く感じる季節。
メンテナンスが終了したという水瀬くんが帰ってきた。
本当に喜ばしいことなのに。帰ってきてくれて嬉しいのに。

私の胸は、変な音を立てている。
水瀬 光
水瀬 光
しおんちゃん? 食べないの?
野間しおん
野間しおん
え、あ……うん、食べるよ……
園田 類
園田 類
おい、よそ見するなこぼしてる
水瀬 光
水瀬 光
え、うわっ
園田 類
園田 類
子供かよ……
水瀬くんの膝にぽろぽろ落ちるパンくずを、
園田くんがウェットティッシュで回収していく。
水瀬くんが照れたようにお礼を言って、園田くんが呆れてる。

笑顔を浮かべているわけじゃないのに、園田くんはすごく楽しそうに見えた。
野間しおん
野間しおん
(……やっぱり、水瀬くんには勝てないんだよな……)
水瀬くんが帰ってきて、一番喜んでるのは園田くんだった。
表には出さないけど、雰囲気が嬉しいって言ってる。
会話だって、私相手の時よりも弾んでいる。

園田くんにとって、私も水瀬くんと同じくらいの距離感になれたと思ってたのに、
思い違いだったらしい。
野間しおん
野間しおん
(水瀬くんが元気になって良かった……
本当にそう思ってるはずなのに……)
いつも美味しいはずのパンが、なぜか今日は味がしなかった。





放課後の美術室。
変な気持ちを紛らわせるために、絵を描こうとした。でも、描けなかった。

筆を持っても、それがキャンバスの上を走ることはない。
絵ってどう描いてたんだっけ、なんて初歩的な考えに至ってしまう。
野間しおん
野間しおん
(……園田くん、ほんとうに水瀬くんのことが好きなんだな)
私に見せてくれたような笑顔を、水瀬くんに向けてるわけじゃない。
だけど、絶対的に何かが違う。
そう思ってしまう。
水瀬 光
水瀬 光
しおんちゃん
静かな室内に、その声はよく響いた。
水瀬 光
水瀬 光
今日は描いてないの?
……元気ない? 大丈夫?
野間しおん
野間しおん
大丈夫……水瀬くんはもう大丈夫なの?
水瀬 光
水瀬 光
大丈夫だよ、ありがとね
美術室に入ってきた水瀬くんは一人だった。
傍に園田くんはいない。
鞄を持ってるから、もう帰るのかもしれない。
水瀬 光
水瀬 光
類から聞いたよ。しおんちゃんの家で夜ご飯一緒に食べたんだってね
野間しおん
野間しおん
うん……ちょっと賑やかすぎちゃったけど
水瀬 光
水瀬 光
嬉しそうに報告してくれたよ
水瀬くんに嬉しそうに報告する園田くんの姿は、簡単に想像できた。
多分、そこに笑顔はない。淡々と報告してる。
でも、楽しいって雰囲気は隠せてないと思う。
水瀬 光
水瀬 光
しおんちゃんがどうして今みたいな性格になったのかがわかる家だったって
野間しおん
野間しおん
そうかな……私にはわかんないけど……
水瀬 光
水瀬 光
類の口からそういう話が出てくるの、初めてだったから嬉しくなっちゃった
水瀬くんが園田くんの名前を呼ぶ度、私の心臓は変な音を立てる。
ぎゅうっと心臓のあたりを押さえた私は、息苦しさをごまかすように深呼吸をした。
野間しおん
野間しおん
園田くんは? 一緒じゃないの?
水瀬 光
水瀬 光
今、日誌届けに行ってるよ
野間しおん
野間しおん
一緒に帰るんだ……仲いいね
水瀬 光
水瀬 光
前に遊びに行こうって話してた約束が果たせてなかったからね
今日行くんだ
野間しおん
野間しおん
そっか……
何を話しても、私の心臓はおかしいまま。
水瀬くんの顔が見れない。
水瀬 光
水瀬 光
……しおんちゃん? 本当に大丈夫?
野間しおん
野間しおん
大丈夫! ……楽しんできてね
水瀬 光
水瀬 光
そっか……うん、ありがとう
きっと、水瀬くんも私の態度がおかしいって気づいてる。
自分でもわかるもん、今の私は感じが悪いって。
それでも心配してくれるのは、水瀬くんの優しさだ。
水瀬 光
水瀬 光
しおんちゃん
野間しおん
野間しおん
……なぁに?
水瀬くんの話を聞くのが怖い。
水瀬くんの口から園田くんの名前を聞くのが怖い。
水瀬 光
水瀬 光
類と一緒に居てくれてありがとうね
あぁダメだ、私はきっと、水瀬くんに嫉妬してる。

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