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第24話

これからもずっと
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2022/11/20 23:00
香ばしい匂いが漂う。
広すぎず、狭すぎない店内に並んだパンたちをお客様が楽しそうに選んでいる。

その笑顔を見るたびに、やっぱりこの仕事は天職だと思う。
店長とはいえ、私のメインの仕事はパンを焼くことなので、レジで接客する機会はあまり多くない。
それでも、お客様の顔を見ながら働きたいので、オープンキッチンにしたのだ。
お客
こんにちは、焼き立てはある?
しおん
あ! いつもありがとうございます~!
もうすぐクロワッサンが焼きあがりますよ!
お客
あらほんと? クロワッサン好きなのよ。
こんなに美味しいパン屋さんが家の近くにできてくれて嬉しいわ
しおん
えへへ、ずっと夢だったんですよ、パン屋ひらくの
お客
ちゃんと夢を叶えたのね。若いのにしっかりしてるし
しおん
若いって……もう28ですよ……
お客
何言ってんの、その年だったら十分若いわよ
自分のお店がオープンしてから約一年。ほぼ毎日のように通ってくれる常連さんもいる。
パン屋は朝も早いし、なかなかの重労働だけど、「美味しい」と言ってくれるお客様の笑顔を見るためなら頑張るのも全然苦じゃない。
それに、と私はレジの方を見た。
いつもありがとうございます
軽く笑みを浮かべて袋を差し出しているのは類くん。
お客2
今日もイケメンだねぇ、兄ちゃん
どうも。だけど可愛らしい顔して豪快にパンを焼くうちの妻にはかないませんよ
お客2
だははッ! すました顔して惚気か! かぁ~この店たまんねぇな!
また是非いらしてください
お客2
来る来る! うまいからなぁ、ここのパン
当たり前です、作ってるのはパン魔人の妻ですから
しおん
魔人って……褒めてないよね、それ……
私の声が聞こえたのか、類くんがパッとこちらを振り向く。
彼の表情は、出会った頃よりもずっと柔らかい。
ありがたいことに夕方になるとほとんどパンが売れてしまい、店内にお客様もいないので、閉店時間より早いが、店じまいをすることにした。
レジ締めを類くんに任せ、私も店内の片付けに入る。

その時、カラン、と入店を知らせるベルが聞こえた。
研究員
ごめんなさい、行きたいって聞かなくて
入ってきたのは研究員さん。
そして、その手を握る小さな男の子。
??
お母さん!
私を見た瞬間に目を輝かせたこの男の子は、私の、私と類くんの、大切な息子。
その場にしゃがみ込んで待っていると、嬉々として駆け寄ってきた。
しおん
いい子でお留守番できた?
??
できたよ! あのね、いっぱいあそんでもらったの!
しおん
そっかそっか、良いことだ
私の腕の中で、ぴょんぴょん飛び跳ねて報告してくる。
ぎゅうっと強く抱きしめれば、耳元で嬉しそうな笑い声が弾けた。
しおん
今日もありがとうございます、見てもらっちゃって
研究員
いいえ。私も、ほかのアンドロイドたちも楽しんでますよ
研究員
子供の感情は純粋ですから、
アンドロイドたちにもいい影響を与えてもらってます
しおん
そう言ってもらえると嬉しいです
あれ。おかえり、光
店の奥で作業していた類くんが出てくる。
『光』と呼ばれたのに気が付いて、飛び跳ねるように類くんに駆け寄っていく。

足元に抱き着いて話す『光』も、それを聞いている類くんもの表情も嬉しそうだ。
研究員
元気に育ちましたね、光くん
研究員さんが、目を細める。
そう、私と類くんの間に生まれてきたこの子の名前は、『光』。
私と園田くんの大切な友達の名前を、研究員さんに相談してつけさせてもらった。
しおん
おかげさまで、もう来年には小学生です
しおん
本当にありがとうございます
パン屋を開くという私の夢は叶った。
とはいえ従業員を雇う余裕はないので、類くんが手伝ってくれている。
まだ幼稚園生の光を店に連れてくるわけにもいかず、
かといって一人で留守番させることもできない。
そんな時に声を掛けてくれたのが、研究員さんだった。
研究員
むしろ私の方こそ、ありがとうございます
胸に手を当てた研究員さんは、変わらず優しい目で光を見ている。
研究員
光って名前を呼ぶたびに、あの子を思い出すんです。
でも光くんが笑って応えてくれるから、悲しくなんかない
研究員
きっと、あの子も喜んでくれてると思います
水瀬くんがどう思っているかは、水瀬くんにしかわからない。
国語の読み取り問題が得意な私でも、
大学で心理学を学んだ類くんでも、絶対にわからない。
だけどきっと、水瀬くんは笑って見守ってくれている。
私も研究員さんと同じように、胸元に手を当てた。
チャリ、と聞こえた微かな音に、そっと目を閉じる。
水瀬くんの一部だった歯車。これが私たちの結婚指輪。
これから先もずっと、彼と一緒に居たいから。二人で相談して、そう決めたのだ。



夜、明日の準備を終わらせると、光はすでに眠そうにソファでうとうとしている。
光、寝るからおいで
んー
類くんに抱き上げられた光の目は、もうすっかり閉じられていた。
しおん
ふふ、今日もはしゃいでたからね
逆にこの時間までよく起きてたな
呆れたように、そして愛おしそうに、類くんが光の頭を撫でる。
彼の隣に寄り添って、私も光の寝顔を覗き込んだ。
そして。
しおん
光、今日も愛してるよ
もう二度と後悔しないように、私は毎日その言葉を口にする。
首からさげた、類くんとおそろいの歯車にそっと触れながら。

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