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第14話

死後の恋 六
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2022/09/03 11:00
 ……お話というのはこれだけです。……「死後の恋」とはこの事をいうのです。
 彼女は私を恋していたに違いありませぬ。そうして私と結婚したい考えで、大切な宝石を見せたものに違いないのです。……それを私が気付かなかったのです。宝石を見た一刹那せつなからはげしい貪慾にとらわれていたために……ああ……愚かな私……。
 けれども彼女の私に対する愛情はかわりませんでした。そうして自分の死ぬる間際に残した一念をもって、私をあの森まで招き寄せたのです。この宝石を私に与えるために……この宝石を霊媒として、私の魂と結び付きたいために……。
 御覧なさい……この宝石を……。この黒いものは彼女の血と、弾薬のすすなのです。けれども、この中から光っているダイヤ特有のにじの色を御覧なさい。青玉サファイヤでも、紅玉ルビーでも、黄玉トパーズでも本物の、しかも上等品でなくてはこの硬度と光りはない筈です。これはみんな私が、彼女の臓腑の中から探り取ったものです。彼女の恋に対する私の確信が私を勇気づけて、そのような戦慄すべき仕事をえてさしたのです。
 ……ところが……。
 この街の人々はみんなこれを贋せ物だと云うのです。血は大方豚か犬の血だろうと云って笑うのです。私の話をまるっきり信じてくれないのです。そうして、彼女の「死後の恋」を冷笑するのです。
 ……けれども貴下あなたは、そんな事は仰言おっしゃらぬでしょう。……ああ……本当にして下さる。信じて下さる、……ありがとう。ありがとう。サアお手を……握手をさして下さい……宇宙間に於ける最高の神秘「死後の恋」の存在はヤッパリ真実でした。私の信念は、あなたによって初めて裏書きされました。これでこそ乞食みたようになって、人々の冷笑を浴びつつ、この浦塩の町をさまよい歩いた甲斐かいがありました。
 私の恋はもう、スッカリ満足してしまいました。
 ……ああ……こんな愉快なことはありませぬ。済みませぬがもう一杯乾盃させて下さい。そうしてこの宝石をみんな貴下あなたに捧げさして下さい。私の恋を満足させて下すったお礼です。私は恋だけで沢山です。その宝石の霊媒作用は今日こんにち只今完全にその使命を果したのです……。サアどうぞお受け取り下さい。
 ……エ……何故ですか……。ナゼお受け取りにならないのですか……。
 この宝石を捧げる私の気もちが、あなたには、おわかりにならないのですか。この宝石をあなたに捧げて……喜んで、満足して、酒を飲んで飲んで飲み抜いて死にたがっている私を可愛相かわいそうとはお思いにならないのですか……。
 エッ……エエッ……私の話が本当らしくないって……。
 ……あ……貴下あなたもですか。……ああ……どうしよう……ま……待って下さい。逃げないで……ま……まだお話しすることが……ま、待って下さいッ……。
 ああッ……
 アナスタシヤ内親王殿下……。

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