前の話
一覧へ
次の話

第1話

8月32日
34
2024/06/30 09:03 更新
小六の夏休みのことです。


私は課題を後回しにするもんですから、

8月の中盤に課題にとりかかろうとしました。

しかし、あまりの課題の多さに集中力を切らし、

私は毎回、長く続くことはありませんでした。


二週間前、




一週間前、




一日前。


そんなときに真剣に課題に取り組んでいたのです。

まだ空が薄暗い時から体を起こし、

朝っぱらから課題に取り組みました。

その集中ぶりは頬に汗が滲むほどでした。

お腹がぐうっと大きな音を出しても、

私はひたすら課題とにらめっこしていました。

しかし課題が少なくなる様子が見えません。

カチカチと鳴る時計は、

私の心を押し潰しました。

どれだけ手を進めようが、

時間は止まりません。


キーン、キーン


時計から日付が変わる音がしました。

その音を聞いた瞬間、

プレッシャーと眠気に襲われ、

脳内がごちゃごちゃしていました。

両目にはうるうると涙を溜めて、

顔をうずくめて泣いていました。

しかし、こんなことをしていても課題は進みません。

仮眠を取ろうと思い、

勉強机で腕を枕がわりにし、

一息つきました。


しかし、私が次に起きた時間はいつだったでしょう。

目を半分開けたまま周りを見渡すと、

視界がとても明るく、眩しかったのです。

私はばっと顔を上げました。

勉強机にはまだ終わっていない課題がどっさり。

急いで課題を終わらせ、

置き時計を見ると、

9時27分。という文字が。

こりゃあ先生に怒られるなあと思いなが
ら、

荷物の支度をし、

リビングへ向かいました。

するとそこには、

いつもキッチンで弁当を作っている母の姿と、

黙々と新聞を読んでいる父の姿がなかったのです。

まあそんなことはよくあったので、

特に気にせず家を出ました。

しかし、なんだか様子が変なのです。

いつも、

いってらっしゃいと話しかけてくれる親戚のおばちゃんも、

家が近いクラスメイトも、

いつも一緒に登下校をする友人も、

いつも散歩をしているおじちゃんも、

誰一人として出会わなかったのです。

人気がまるでなかったのです。

不思議だなあと思いながら黙々と歩いていると、

気付けば学校についていました。

学校の小さな門を開けます。

そして昇降口の扉をそっと開けました。

私は確実におかしいと気付きました。

いつもはがやがやと耳障りなほどうるさい


音が、


今日は何の物音もしなかったのです。

そして靴箱の中は全て空。
私は昇降口の前のデジタル時計を見ました。


『8月32日』


私の手からバッグがすっと落ちました。

私はそのバッグのことなんか少しも考えていなくて、

学校をばっと飛び出したかと思うと、

無我夢中で走りました。

天気は曇りから雨に変わりました。

新品の靴がびしゃびしゃに濡れても、

私は走り続けました。

やはり、

誰一人もいません。

聞こえるのは地面を打ち付ける雨の音だ
け。

へとへとになった足を止めようとしても、

私の体がその指令を無視しました。

おそらく30分程は走りました。

いつの間にか知らない所へ着いていました。

私は色々な気持ちに押されて、

その場に5歳児のようにわんわんと泣いていました。


その時です。


チリーン。


と鈴の音。

私はその方を素早くばっと見ました。

視界に映ったのは、

ひとつの神社でした。

私はぐちゃぐちゃになった顔を手で拭い、

長い階段を上りました。

階段の隅には草が生えていました。

上り終わると、

大きな真っ赤に染まった鳥居が目に止まりました。

私はお賽銭箱の前に立ち、

ポケットに入っていたかすかな数の小銭
を、

全て中に入れました。

私は両手を合わせ、

心の中で願いました。

大雨のなか風が吹き、

濡れている服が少しひんやりする感覚です。


「あら、どうしたの」

振り向くと、

そこには一人の巫さんがいました。

「あ、ああ.....」

久しぶりに聞いた人の感覚に少し安堵しました。

安堵のせいか私はまた泣きました。

「え!?ちょっと!?」

巫さんは私の背中をさすりながら

慰めの言葉をかけてくれました。

「ここはどこなんですか?」

『この神社は、
そうねー。


まあ、かるーい神を奉る場所だよ。』

「へえ、そういえばA小学校って知ってます
か?」

『あ一知ってるよ』

「そこから、どのくらい離れています
か?」

『うーんそうだねぇ。』

『ざっと5kmぐらいじゃないかな?』

「5km!?そんなに....」

「はやく、早く帰らなくちゃ」

『……』


『今はまだ...戻らない方がいいよ』


巫さんは険しい顔をしてこちらに目を向け
ました。


遠くの方では、かすかに鈴や太鼓の音が聞こえま
す。

「え、なんでですか...?」

「……」
巫さんはこのことを話してくれませんでした。


「..?」

私は意味が分からなくて、

いかにも『?」という顔をして首を傾げました。

すると巫さんは私の顔を見てぷっと笑っていました。

『ぷっ.....くっくっ....」

「え、そんなに私の顔おかしいですか!?」

「笑笑...ひっ....ひいっ....笑笑』

『やばい..wwツボ入っちゃった..WW」

「ちょ、失礼ですよ!」

私は人見知りですが、

なんだかこの人と話すのは苦ではありませんでした。

しばらく話して、大体のことは分かりました。

ここはD町と言って、小学校から5km離れていること。

このD町はある神がおり、その神が祀られている神社がここだと言うこと。

この神社は約150年前に建てられているこ


まだこのろつしか重要なことは出ていないけど、


少しは役に立つだろうと思い、頭の中メモ
をしていました。

そこから二時間後、

巫さんと談笑をしているとき、

私のお腹はぎゅるるっと鳴りました。

『...お腹空いちゃった?』

私は恥ずかしさのあまり顔をうつむけてこくりと頷きました。

「今日は何も食べていなくて....」

『朝御飯は食べてこなかったの?』

「はい、時間がなかったんです..」

『そっかぁ、じゃあ、』

『手え出して』

巫さんは私の手をぐいっと引き寄せると、

私の手のひらにぽんと小さなおにぎりを置きました。

「え、いいんですか?」

『いいのいいの。それでお腹いっぱいになるか分かんないけど」

「..!ありがとうございます!」

私はおにぎりを口に加えると

ほどよい塩味と中にある鮭の味がして

顔が幸せに包まれていたのが

すぐ自分でも感じました。

『美味しい?』

動く限り首を縦に振りました。

『ふふ、嬉しい』

あっという間におにぎりを食べ終わると、

私は巫さんに質問をしました。

「巫さん、なんでこの町は誰も居ないんですか?」

「なんで8月32日なんですか?」

『……』

『それは...君が大人になったら分かるよ」

「えっ、なんで隠すんですか?」

「んー、大人の事情ってものだよ』

「へえ。」


正直にいうと巫さんが何を考えているかは分かりませんでしたが、

なんだか聞いてはいけない気がしました。

放送が5時のチャイムを流しました。


巫さんとの時間はあっという間でした。

何時間も話していたのに、

全く疲れなくて、むしろ楽しい時間でした。

巫さんは言いました。

『君、走って30分くらいだったんでしよ?』

『それ、歩いたらとんでもなくなっちゃう
よ』

『5kmもあるんだから』

一緒に帰りたいと我儘を言いましたが、

断られちゃいました。

『階段まで迎えに行ってあげる」

帰り道を聞くと、

ずっと右に歩いていけば小学校に着くというのです。

嘘つけーと思いながら一緒に階段を降りました。

『じゃあね。」

「うん!さようなら!」

巫さんが見えなくなるまで私は手を振り続けました。

巫さんも笑顔で振り返してくれました。

だけどその笑顔はどこか悲しく寂しいような笑顔でした。






今思えば、あの数時間は永遠のように幸せでした。

巫さんとまた会えるかも


巫さんとまた話せるかも


などの期待や、

数時間の戯れを思い出していると、

あっという間に家に着いていました。

自宅に入ると、安心感のせいか

私は玄関の床で寝てしまいました。


ひんやりとしたが頬に当たります

なんだか明日も会えそうな気がしていたのです。


私はそんなことを願いながら瞼を閉じました。

『あんたなにそこで寝てんのよ!』

そんな声で目が覚めました。

声の主を辿ると、母でした。

リビングに駆け付けると、新聞を読んでいる父がいました。

私は身支度をし、朝御飯を食べていました。

家のデジタル時計を見ると、


『9月1日』

[………]

『?どうしたのよ』

「ねえお母さん、お母さんは8月32日って来たことある?」

『はあ?ないわよそんなの』

『頭おかしいんじゃないの?笑』

「笑笑そうだよね、」

有るわけないのです。

この日付は存在しないのですから。

でも、夢と言われても、そんな気はしないんです。

あのひんやりとした感覚。

巫さんの顔。

美味しかったおにぎり。

耳障りな音を出す蝉。



その日、私は学校をさぼって神社の方向にいきました。

しかし、どこを歩いても神社など見当たりませんでした。

だから、周りの人に聞いてみたんです。


「あの、この町って神を奉ってるんですよね?その神社ってどこにありますか?」


『あぁ、そんなこともあったっけなあ」


『その神社はね、』















『150年前にもうなくなったよ。』








一ねえ巫さん。


大人になったら分かるって言ってたよね。

私、大人になったよ。

私、まだわかんないよ。

私、また巫さんに会いたいよ。










この話を貴方はじますか?

きっと信じないでしょう。


真実は、私だけが知っているのですから。



プリ小説オーディオドラマ