午後の最初の授業は体育だった。
しばらく屋上から動けず予鈴が鳴ってようやく重たい腰をあげたわたしは案の定授業に間に合わなかった。
教室に戻るとすでに誰の姿も確認できない。
しんっと静まった教室に足を踏み入れる。
今日みたいに瑠香とケンカしたの初めてだ……。
きっと今までも言いたいことはたくさんあったはずなのに瑠香は我慢してくれてたのかな。
わたしが優柔不断な態度をとっているせいでみんなを傷付けて、振り回しちゃってる。
「早くいかなくちゃ」
自分の体操着服を手に自分の席に向かって、キョロキョロとあたりを見渡す。
普段なら隠しながら着替えるけど、授業が始まってるし誰もいないよね。
わたしは制服のYシャツに手をかけてボタンを外した。
Yシャツを脱ぎ半袖の体操着に手をかけた瞬間教室の扉がガラガラっと突然開いた。
「え、あ、雨宮くん!?」
思わず叫ぶ。
バチっと目が合う。
「……あ、悪い」
「う、う、嘘!な、なんで?」
自分の上半身はブラジャーだけの状態。み、み、見られた!!
思わず持っていた体操着で胸元を隠すと、雨宮くんは弾かれたようにわたしに背中を向けた。
「あ、雨宮くん、い、今見た!?」
「あー……、ほとんど見えてない。一瞬だったし」
「ほとんどってことはちょっとは見えたってこと……だよね??」
「……ごめん。わざとじゃないから」
「う、ううん……。隠さず着替えたわたしが悪いの……。謝らないで……」
全身が燃えているかのようにカーっと熱くなる。
見られた。裸を。雨宮くんに。距離はそこまで近くなかったけど、ブラの色とか形とか全部わかるぐらいの距離だった。
あぁ、もう。なんで!!どうしてこんなタイミングで……!
顔から火が噴きそうなほど恥ずかしく、穴があったら入りたい。
「待っててくれてありがとう。もう着替え終わったから……」
雨宮くんに向かって蚊の鳴くような声でそう言うと、雨宮くんがゆっくりとわたしの方に体を向けた。
そして、そのままわたしの席の前までやってくると「ほんとごめん」と謝った。
「う、う、ううん!わたしが悪いの……!もう授業も始まってるし、誰もこないだろうなぁなんて油断しちゃってて。見られたのが雨宮くんでよかったよ……!」
「俺でよかった……?」
「うん!!だって雨宮くんは口が――」
口が堅そうだしみんなに言いふらさないでしょ……?
好きな人に見られたのはとんでもなく恥ずかしいけど、言いふらされるのはもっと恥ずかしいし。
「あんなの見せられて動揺しない男、いないから」
「雨宮く……ん?」
「花山、無防備すぎ。他の男に見られたらどうすんの?」
「っ……」
「危なっかしくて目が離せないんだけど」
雨宮くんの余裕のない表情に胸が苦しくなる。
雨宮くんはそっとわたしの頬に手を当てた。
「そんな潤んだ目向けられたら、止まんなくなる。花山の全部、今すぐここで奪いたくなる」
「え……?」
「今、俺必死に理性保とうとしてるんだけど?」
「えっ……?」
雨宮くんの喉が上下した。
雨宮くんが伏し目がちにわたしを見つめる。その表情があまりにも綺麗で色々な感情が込み上げてきて泣きそうになる。
雨宮くんへの想いが溢れそうになる。
自分の心臓の音がドクンドクンッと大きな音を立てて鳴り始めたとき、廊下から誰かの大きな足音が耳に届いた。
バタバタと教室の方向へ駆け寄ってくる激しいまでの足音。
「せっかく二人っきりになれたのに……残念」
それに気付いた雨宮くんがそっとわたしの頬から手を離した。
「雨宮くん……」
スッと頬から消えた大きな手のぬくもりに心細さを覚える。
こんなに近くにいるのに。手を伸ばせば触れられる距離にいるのに。
今は雨宮くんをなぜか遠くに感じてしまう。
きっとそれは自分自身のせい。
わたしが雨宮くんと直の間で揺れ動いているから。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。