「――華凛!」
教室に飛び込んできたのは直だった。
直はそのままわたしの元まで駆け寄ると、雨宮くんを押しのけるようにしてわたしに手を伸ばして躊躇することなくわたしの体を抱きしめた。
直に抱きしめられて呆然としながら目の前にいる雨宮くんを見る。
直の肩越しに雨宮くんと見つめ合っているなんて変な光景だ。
でも、わたしは直の腕を振り払うことができなかった。
雨宮くんは黙って自分の席に向かうと、バッグの中から取り出したタオルを手に取る。
「あ、雨宮くん――」
「じゃあ」
雨宮くんが教室を出て行く。追いかけたい。今すぐに追いかけたい。
まだ一緒にいたかった。でも――。
「今、瑠香に聞いた」
「うん……」
「で、瑠香に華凛のこと励ましてきてやってくれって頼まれたんだ。華凛のことだし、絶対に一人で泣いてるだろうからって」
「瑠香が……?」
「あぁ。隣にいてやってくれって」
瑠香は直のことが好きなのに、わたしのことを考えてくれている。
それなのにわたしは――。
「直、ちょっと痛い……」
力強く抱きしめられて顔を歪めると、直は慌てたようにわたしから腕を離した。
「ごめん。華凛が雨宮と一緒にいたの見て……死ぬほど嫉妬した」
「直……」
「俺、華凛と似合う男になるから。華凛が望むことならなんだってするし、華凛が困ってることがあったらすぐに今みたいに駆けつける。雨宮なんかに負けないから」
直はわたしへストレートに感情をぶつけてくれる。
直ならずっとわたしを愛してくれる。そう実感することができる。
でも、心が言うことを聞いてくれない。わたしの胸の中にいるのはどうやったって雨宮くんで。
理屈とかそんなんじゃなくて、頭が心が体が雨宮くんを求めてしまっている。
息苦しいまでの雨宮くんへの想いに自然と涙が零れ落ちて頬を濡らす。
こんなの、はじめて。
雨宮くんと出会ってからわたしは酷く泣き虫になってしまったような気がする。
こんな気持ち初めてだ。わたしは自分でも知らなかった自分を知ることができた。
誰かに恋して泣くなんて考えたこともなかったけど、今わたしは確かに雨宮くんを思って泣いている。
「直……ごめん」
「なんで謝るんだよ」
「私やっぱり……」
「雨宮がいなければよかったのに」
「え……?」
「雨宮がいなければこんな気持ちになることもなかった」
「直……」
「俺は華凛がずっと好きだったんだ。誰にもとられなくない」
直は今にも泣きだしそうなくらい苦しそうな表情を浮かべている。
「ごめん。わたしは……直のことを幼なじみ以上に見られない。だから、直とは付き合えない」
それがわたしの正直な今の気持ちだった。
悲し気に左右に揺れる瞳に胸が締め付けられて目頭が熱くなる。
「今は、だろ?これから先好きになるかもしれないじゃん。それに、付き合ってから好きになるかもしれないだろ?」
「ごめん、直……」
「今のはちょっと焦りすぎだったよな。でも――」
「わたし、やっぱり雨宮くんが好きなの」
「……っ」
「どうしても雨宮くんが好き……。こんな気持ちになったの初めてなの」
「華凛……」
「雨宮くんに気持ちがありながら直と付き合うことなんてできないし、そんなことをしても直の為にはならない」
自分の気持ちを必死に口にする。
そのとき、瑠香の言葉が蘇った。
『結局それって華凛はどっちにもいい顔したいってことでしょ?』
『雨宮くんのことは好きだけど、直も幼なじみとして好きってことじゃん。欲張りすぎでしょ』
瑠香がなぜ怒ったのか今ようやくわかった気がする。
『愛情と同情はイコールじゃないよ。直のこと好きじゃないならハッキリ言いなよ」
『この際はっきり言わせてもらう。華凛のその曖昧な態度と不必要な優しさが逆に直を傷付けてるのに気付いてよ』
『直のこと好きじゃないならちゃんと伝えなよ。自分の気持ちに嘘ついて同情から直と付き合うのだけはやめて!!』
わたしは雨宮くんが好き。最初から答えは決まっていたんだ。
「つーか、あいつと俺……何が違うんだよ……。なんで俺じゃダメなんだよ」
「……本当ごめんね」
「謝らせたいわけじゃない……。でも、アイツのどこがそんなによかったんだよ……」
「どこ、って言われると……難しいなぁ」
「わかんないのかよ」
「そ、そんなこと言われても……」
だって、全部が好きだから。こんな気持ち初めて……。
こんなこと直にはいえないけれど。
「俺は華凛の好きなとこ100個言えんのに」
「え。……本当?わたし、そんなにいいところある?」
「……ある、って言おうとしたけど……やっぱない。1個もない。華凛のいいところなんて知らない」
「なにそれ!変えるのなしでしょ!?」
「うるせぇ、バーカ」
そういってプイっとわたしから顔をそむけた直にわたしはフッと微笑んだ。
きっと直はわたしの言葉を必死に受け入れようとしてくれている。
そして、今まで通り幼なじみに戻ろうとしてくれているんだ。
直、ごめんね。本当にありがとう。
直はわたしにとって世界一大切な幼なじみだよ。その事実は一生変わらないよ。
「あー、腹減った。放課後、牛丼食いにいこうぜ」
「えー、牛丼?ラーメンがいいなぁ」
「無理。今日は牛丼って気分だし」
「直ってこういうところ譲ってくれないよねぇ。まったくしょうがないなぁ。次はラーメンね!」
「はいはい」
直とわたしは目を見合わせて笑った。
直がわたしに気持ちを伝えてくれたように、わたしも直に気持ちを伝えた。
直の気持ちには答えることはできなかったけど、勇気を出したことでほんの少し前に進めた気がした。
「華凛、雨宮にちゃんと自分の気持ち伝えろよ?」
「気持ち……?」
「お前の初恋なんだろ?ムカつくけど、幼なじみとして華凛には幸せになってほしいから。そうしないと俺、ずっとお前のこと諦められなそうだし」
「ありがとう、直……」
「よしっ、体育館行くぞ!」
それだけ言うとさっさと教室を出て行ってしまった直。その後ろ姿にわたしは改めて「ありがとう」とお礼を言った。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。