古びたビルの下に着いてから上を見上げた。
6階立てのそのビルから落ちればひとたまりもないだろう。
そのことが何故か魅力的に思えて階段を上がっていく。
まだ降り続けている雨のせいでビル近くに人の気配は全くなかった。
それは、今からすることを思えば好都合だった。
雨漏りのしている錆びた階段を1段1段ゆっくりと上がっていく。
上に行くたびに気持ちが楽になっていくのがわかる。
今まで積み重ねられた痛みや苦しみから、あと少しで解放されると思うと自然と階段を上がる足が速くなっていく。
だけど、上に行けば行くほどお母さんのことを思い出してしまう。お父さんのことで泣いていたときも私を優しく包み込んでくれたあの腕の温もりを忘れることはできなかった。
(きっとまた心配かけちゃうな……)
屋上に着くと、周りを囲っているフェンスに手をかけた。
だけど、そこから動くことができなかった。
誰かが私の手を掴んできたから。
「やっと見つけた」
「高見沢くん……」
声のした方に顔を向けると彼がそこにいた。
服が濡れていて息も上がっている。
「なん……で?」
「お前何してんだよ!!馬鹿なことすんな!!」
私は驚いて声を出すこともできなかった。今までこんなに感情を露にした高見沢くんを見たことがなかったから。
「俺は"もう"誰も失いたくない……」
その時、雨とは違って温かさのあるものが頬をつたった。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。」
頬つたったそれは止まることなく流れ出ていく。
「今度は振り払うなよ。」
彼は微笑みながらそう言ってくれた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。