熱は治まったが、念のため保健室で少し休んでから私は教室に戻った。
不安な気持ちはあるけど、じっとしてるわけにもいかない。
ちょうどお昼休みの時間で教室は賑わった声と食べ物の匂いで溢れかえっている。
私は席に座っている美空に近づく。美空は紙切れのようなものを机にしまって振り返った。
美空の表情が心なしか暗い気がした。
美空は歯切れ悪く、またごめんねと笑って席を立った。どこか引きつったような笑み。
教室から出ていく美空の背中を見送って、私は寂しさを覚えた。
一人ぼっちは怖い。だって人間じゃない私は、元から一人なんだ。
どうしても人と交われない存在。それが食人鬼なんだ。
いつの間にか上嶋くんに後ろに立たれていて、私はびくっと驚いてしまう。
ますます三好先輩が怪しく見えて、胸がもやもやする。
体が強張ってごくりと唾を飲んだ。自分の正体を知っている人に会ったばかりなのだ。
もし、上嶋くんにバレたら――私は。
三好先輩が怪しい、なんて言えるはずなかった。だって先輩は私の正体を知っているし、先輩が食人鬼という確証はない。
私は俯き小さな声で答える。
上嶋くんの温かい手が私の頭を優しく撫でる。
ああ、こうやってたまに優しくしてくるのずるいな。
不安な気持ちが少しだけ和らぐ。この温もりを絶対に手放したくない。
昼休みが終わるチャイムが鳴って、慌てて席に着く。
教室に美空が帰ってきたので軽く手を振ると、視線を逸らされた。
美空は休み時間のたびに席を外し、放課後まで話すことはなかった。
人がまばらになった教室で私は美空に話しかけた。
美空は何も言わず帰り支度をする。教室にはもう、私と美空以外いなくなっていた。
美空の動きが止まり、顔を伏せたままゆっくりと振り返る。手には一枚の手紙が握られていた。
美空が手に力を込める。手紙に皺が走り、歪む。
ビリリ、と手紙は引き裂かれて、その破片は宙を舞う。可愛らしい、ほのかなピンク色をした便箋がばらばらと床に落ちた。
私は震える美空に手を伸ばす。
美空が私の手を乱暴に払いのける。綺麗な、透明な粒が飛び散った。
怒気が含まれた、強い拒絶の声音。
でも、美空の顔は――ひどく傷ついて泣いている女の子の顔だった。
美空は顔を腕で拭いながら教室を飛び出して行った。
立ち尽くす私の前で細かくちぎられた便箋が無残に広がっていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。