第14話

秘密を知る者
2,277
2019/01/04 06:23
三好 修吾
三好 修吾
まるで人間じゃないみたいだ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
え……
三好先輩の言葉にひやりとして、一瞬息が詰まった。ベッドから軽く起き上がって先輩に笑いかける。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あは、私けっこう冷え症なんですよ
 体温の低さをいつもの言い分で誤魔化した。
三好先輩は私の手をぎゅっと握ったまま離さない。先輩の生温かい体温が伝わってくる。
三好 修吾
三好 修吾
体は冷やさない方がいいよ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
心配させてすみません……私なら大丈夫ですから
私が先輩の手をやんわり払おうとすると――私の体は先輩に引き寄せられてしまった。
三好 修吾
三好 修吾
やっぱり、夕莉ちゃんの体って冷たいね
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(あっ……これってあの時も)
先輩に抱き寄せられた夕暮れ時を、脳裏で思い返す。
栗色の瞳に、戸惑う私が写り込んでいる。先輩は耳元に唇を寄せて囁いた。
三好 修吾
三好 修吾
君のことが、好きなんだ
ぎゅっと先輩は私をきつく抱きしめた。先輩のひだまりみたいな体温、さわやかな匂い、心臓の鼓動、全てを感じる。
でも――
九井原 夕莉
九井原 夕莉
先輩……ごめんなさい
私は、先輩の気持ちには答えられない。
三好 修吾
三好 修吾
……うん、知ってる
 
寂しそうな声。体温がそっと私の体から離れていく。
三好 修吾
三好 修吾
だから
先輩の口元にうっすらと陰りのある笑みが浮かんだ。
三好先輩は自分の人差し指を口に入れる。歯に指をかけて、先輩は微笑み――鮮血が彼の唇を赤く染めた。

血が滴った指先を、先輩は私の前に掲げる。
三好 修吾
三好 修吾
せめて君に喰べられたい
九井原 夕莉
九井原 夕莉
な……
三好 修吾
三好 修吾
今更隠さなくたっていいよ
三好先輩の微笑みは温かな陽のようなものではなく、妖しく光る三日月に変わっていた。
眼の前で垂れる赤い血液から、私は目を離せない。
三好 修吾
三好 修吾
しばらくまともに食事を取ってなくて、体が辛いでしょ? そろそろ何か喰べた方がいいんじゃないかな
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……知ってたんですか
どくどくと早まる鼓動と荒くなっていく呼吸。
三好 修吾
三好 修吾
今の夕莉ちゃんだったら、俺の血でも美味しそうに見えるんじゃないかな
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あ……
赤く、流れる血。
ごくりと喉が鳴って、じくじくする胸を掻きむしりたくなる。
自然と、三好先輩に手が伸びた。
今すぐかぶりついて引き裂いてえぐってすすってしまいたい。
喰べたい喰べたい喰べたい喰べたい喰べたい喰べたい。
もうお腹が空いた。現界だ。
私は大きく口を開いた。












――上嶋くん。
彼の笑顔が頭の中に浮かぶ。
自分勝手で不器用で、子供みたいに笑う人。
歯を食いしばり、力いっぱい自分の体を抱きしめる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
私には、好きな人がいますから
三好先輩から一瞬笑顔が消える。
冷めた、不機嫌を顕にしたような表情。
三好 修吾
三好 修吾
……そっか
そしてまた口元に妖しい弧を描くと、先輩は私に覆いかぶさった。
唇に感じる熱。口の中は、鉄の味がした。
三好先輩の人差し指が私の唇に触れていて、先輩の顔がすぐ目の前にある。
人差し指越しの――キスだった。
 
触れ合わなかった唇が離れ、血に濡れた白い指が離れていった。
三好 修吾
三好 修吾
美味しいところは、最後まで取っておく方なんだ
口の端についた血をぺろりと舐めて、先輩は笑った。
三好 修吾
三好 修吾
お大事にね、夕莉ちゃん
見知った穏やかな雰囲気に戻った先輩は、何事もなかったかのように保健室を出ていった。
口の中に残る、苦い味。生臭くて、喉にひっかかる。
動悸は少し落ち着いていた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(三好先輩……私が食人鬼ってわかってたんだ。もしかして私と同じ食人鬼?)
でも同じ食人鬼なら体温がないはずなのに、三好先輩には確かに温もりがあった。
じゃあ、先輩は人間?
上嶋くんを好きになる前も、イケメンなのに三好先輩のことは喰べたくならなかった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(三好先輩、あなたは……)
私は初めて、三好先輩に恐怖を感じた。

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