第19話

甘い接吻
2,607
2019/02/05 10:53
三好 修吾
三好 修吾
君はもう、戻れない
私は三好先輩の首元に腕を回した。
三好先輩が私を抱きしめながら、笑ったようなため息を漏らす。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
三好先輩……
三好 修吾
三好 修吾
さあ……行こうか夕莉ちゃん
九井原 夕莉
九井原 夕莉
私――
私は三好先輩を逃さないように強く抱きしめる。

















九井原 夕莉
九井原 夕莉
――どんなにイケメンでも、あなただけはお断り
そして彼の首筋に鋭い牙で噛み付いた。
三好 修吾
三好 修吾
ぐぁああああああああああっ!!
苦くて錆びた鉄のような味が口いっぱいに広がる。
三好先輩は叫びを上げながらすぐに私を突き飛ばした。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
きゃっ……
私は倒れそうになりながらも体勢を立て直し、レモン牛乳を拾う。
三好先輩は噛まれた首筋を押さえながら、こちらを睨んでいた。
血がたらりと指先の間から一筋垂れているものの、傷は浅いみたいだ。
三好 修吾
三好 修吾
チィッ……
三好先輩は苛立ちを隠せず、笑顔の仮面を崩して顔を歪ませる。殺気を肌で感じ取った瞬間、彼はガラクタから鉄パイプを引いて飛び上がっていた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
くっ……
ズドン、と彼が着地する前に私は間一髪、身を翻すようにして避ける。
彼はすぐに向きを変えて真っ直ぐ私に突進してきた。
三好 修吾
三好 修吾
そんなに必死になったって無駄だよ。君はどうせまた一人になるんだ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
それでもいい! 美空と上嶋くんが守れるなら!
三好 修吾
三好 修吾
食人鬼が人間を守るだって? 僕らにとってはただの餌だろ
三好先輩の鉄パイプを手刀で受け流し、応戦する。こっちは純粋な食人鬼、力でなら勝てるけど相手の方が手数が多く――なんとか攻防を保つので精一杯。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(押さえ込まれたら――さすがにやばい)
三好 修吾
三好 修吾
君はイケメン偏食家の食人鬼なんだろ? 上嶋だって顔が気に入っただけのくせに
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くんは、確かに顔はよだれが出るくらい好物よ。でも、あいつの中身は自己中で融通が利かなくて強引で――
三好先輩の攻撃を後退しながら受け、鉄骨や古びたパイプ屋根の破片が積まれた足場に追い込まれる。


背中がガラクタの山に当たった。先輩はにやりとほくそ笑んでトドメとばかりに――大きく振りかぶる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
――でも、誰よりも優しいんだ
私は傾いたパイプ屋根を思い切り踏み込んだ。テコの原理で持ち上がったパイプ板が持ち上がり、その上に載っていた鉄くずが三好先輩に直撃する。
三好 修吾
三好 修吾
ぐぅっ……!
三好先輩が後方に倒れ込むタイミングで、私は彼に覆いかぶさった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
これでっ!
乗りかかって腕を固定し、頭を振り上げて頭突きをお見舞い――




――しようとした瞬間。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あ、ああ、あっ、うぐっ………
喉元を掻きむしりたくなるような渇き。焼けるような胸、速くなる心臓が全身を燃やす。ヒュウヒュウと息が荒くなって、喰べたくて喰べたくて――。
三好 修吾
三好 修吾
やっぱり、限界なんだ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
うあっ……!
私がもだえる隙に三好先輩は私の体を跳ね除ける。
そのまま積み重なったガラクタに叩きつけられた。鈍い痛みの中で薄っすらと目を開ける。
ぼやけた視界の中で、大きな人影が三日月に笑った。
ずる、ずると体を引きづられる感覚。
飛び出た鉄片やガラスで服が破れて体が傷つく。

三好先輩はガラクタ山の頂上に上り、私の腕を片手で掴んで持ち上げた。
三好 修吾
三好 修吾
自分が食人鬼だってこと、嫌でもわかるでしょ?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ぐっ、苦し……
三好 修吾
三好 修吾
人間は表面ばかりを見る。外面ばかりを評価して、中身なんてどうでもいい。綺麗な外っ面を求めてるんだ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
そ、んな……こと
手首を締め上げている彼の腕に僅かな力で爪を立てる。
三好 修吾
三好 修吾
君が食人鬼ってわかったら上嶋くんはどんな顔するかな
 














『俺は、食人鬼を殺すために探偵をしてる』















九井原 夕莉
九井原 夕莉
――あ
三好 修吾
三好 修吾
ね、やっぱり。上嶋くんも君の表面しか見てなかった
力が抜けて、だらりと腕が垂れ下がる。
三好 修吾
三好 修吾
最後に、夕日くらい見せてあげようと思って
夕日はもうほとんど沈みかけていて、最後の光が地平線から消えた。
三好先輩の吐息が、首筋に近づく。
三好 修吾
三好 修吾
ずっと君を――喰べたかった



上嶋くん――




























三好 修吾
三好 修吾
う、あ…………?
不意に解放される体。捨てられた古いテレビの上に尻もちを着く。
三好先輩の胸には――ダーツの矢が刺さっていた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
九井原!!
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋……くん
ガラクタ山の下には、上嶋くんがダーツホルダーの腕を構えて立っていた。
三好先輩の胸にじわりと血が広がる。彼はよろけ、見開いた目をぎょろりとこちらに向けて――廃棄物の山から落下した。
ドスン。
彼の体はゴミの中に落ち、埋もれて見えなくなった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
そこから動くな! 今行くから
彼の声にひどく安堵して、肩の力が抜ける。
全部私がやるつもりだった。だけど会えたことが嬉しくてたまらない。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くん……あっ――
上嶋くんを上から覗き込もうとして足場が崩れ、体が空中に投げ出される。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
きゃあああああああっ!
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
っ――――夕莉っ!
地面に吸い込まれるように落ちて――
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(ぶつかるっ――)
もうダメだと、目を瞑る――
そして、とすんと力強く温かい何かの上に私は落ちた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
ぐ……
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上、嶋くん……?
上嶋くんは私を受け止めて、仰向けに私を抱きかかえていた。彼の懐かしい体温。私にはない温度。
君が好きだから、感じられる温かさ。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
全く……動くなって言ったのに
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ご、ごめん
苦しそうに呻く上嶋くんから私はどこうとする。だが、彼の腕がぎゅっと私を抱きしめたまま外れなかった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あ、あの。上嶋くん、もう離しても……
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……離せない
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……へ?
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
離したら、お前またどこか行っちゃうだろ
より一層強く、二人の体が重なり合ってしまうんじゃないかってくらい抱きしめられる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
私の名前……呼んだでしょ
少し喋ろうとしただけで、泣きそうになる。
私みたいな食人鬼でも、涙だけは温かいんだ。

心臓が重なり合って、一つになったみたいだった。


ドクン、どくん、ドクン、どくん――ってはやく、はやく。それははやく。


まるで自分に体温があると錯覚するような、熱。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
そ、それは……




ガッ
シャアアアアアアアアアン




ものをぶちまけたような轟音。
上嶋くんはすぐに身を起こし、私を抱きかかえたまま振り向く。
三好 修吾
三好 修吾
クソ……クソっ!! 絶対、絶対に喰ってやる……そして君を喰べて僕は完全な……
三好先輩がゴミ溜めから姿を現す。
その表情にはやわらかな微笑の面影はなく、血走った獣のようだった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
くっ……まだ動けるのか。夕莉、お前はここで
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くん
熱い、熱い体を上嶋くんに寄せる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
私ね――上嶋くんのこと





























もう




























九井原 夕莉
九井原 夕莉
喰べたくて、仕方がないの


私は上嶋くんの首筋にキスをした。




歯を立てて、生暖かい血が出るくらいの
キスを。




とろけるような
甘い、甘い味がした。



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