ゆうか、上嶋くんが口にした女の子の名前。
いけ好かないイケメンを喰べた時みたいに、お腹のそこに重いものが溜まってぐるぐるする。
なんとか上嶋くんを保健室に運び込んだのはいいものの、ちょうど先生は席をはずしていた。
持っていたハンカチで、上嶋くんの顔や首元の汗を拭う。はぁはぁと息を荒くして、赤い顔を歪めている上嶋くんは苦しそうだ。
目が細まって、人を見透かすような黒目の輪郭がぼやけるからか今の上嶋くんはどこか弱々しい。
私は上嶋くんの眉間を寄せた苦しそうな額をそっと指先で撫でた。上嶋くんの瞳と視線がかち合う。
上嶋くんの険しい顔は和らぎ、力が抜けたような笑みが溢れた。さっきより頬が赤くなっているような気がする。
席を立って離れようとした時、私の腕を上嶋くんが掴み、強く引っ張って自分の額に当てた。
冷たい手のひらから、熱い体温がじんと伝わってくる。
上嶋くんは私の手を掴んだまま、目を閉じた。
食人鬼の、体温の低い手のひらから上嶋くんの血の熱さが流れ込んでくる。
鼓動と一緒に、とくんとくんって。
そのまま上嶋くんは眠ってしまった。無防備な眠り姫みたい。
閉ざされた瞼からは夜空を凝縮したみたいな黒い瞳が見えない。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。