第5話

恋の熱
3,712
2018/10/31 07:10
ゆうか、上嶋くんが口にした女の子の名前。
いけ好かないイケメンを喰べた時みたいに、お腹のそこに重いものが溜まってぐるぐるする。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(はっ……今はそんなことより)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くん、大丈夫?
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
うう……
なんとか上嶋くんを保健室に運び込んだのはいいものの、ちょうど先生は席をはずしていた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
どうしよ……あっ、汗とか拭いた方がいいのかな
持っていたハンカチで、上嶋くんの顔や首元の汗を拭う。はぁはぁと息を荒くして、赤い顔を歪めている上嶋くんは苦しそうだ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(もっと体拭いておいた方がいいと思うけど、さすがに服を脱がしたらまずいかー)
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……おい
九井原 夕莉
九井原 夕莉
はいっ、なんでしょう!?
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……なんで、ここまでする
九井原 夕莉
九井原 夕莉
へ……?
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺が熱出てようと、お前には関係ないだろ
目が細まって、人を見透かすような黒目の輪郭がぼやけるからか今の上嶋くんはどこか弱々しい。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
関係あるよ。私に傘を貸したから、上嶋くんが熱出ちゃったんじゃん
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
その根拠は? 俺じゃなくて別のやつかもしれないだろ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
…………笑ったから
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
え?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……あの日、上嶋くんが笑った顔が優しかった
九井原 夕莉
九井原 夕莉
だから、遠巻きにされてて無愛想で自分勝手でも上嶋くんは優しい人だって思った
私は上嶋くんの眉間を寄せた苦しそうな額をそっと指先で撫でた。上嶋くんの瞳と視線がかち合う。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……ふっ、はは。全然根拠になってない
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あっ、あとイケメンだから!顔もイケメンなら、心もイケメンって相場が決まってるから
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
それはもっとわかんねえって
上嶋くんの険しい顔は和らぎ、力が抜けたような笑みが溢れた。さっきより頬が赤くなっているような気がする。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あ! そうだ、冷蔵庫の中に頭を冷やす氷とかあるかも
席を立って離れようとした時、私の腕を上嶋くんが掴み、強く引っ張って自分の額に当てた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
えっ……ちょっ
冷たい手のひらから、熱い体温がじんと伝わってくる。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……お前の手、冷たくて気持ちいいからここにいろよ
上嶋くんは私の手を掴んだまま、目を閉じた。
食人鬼の、体温の低い手のひらから上嶋くんの血の熱さが流れ込んでくる。

鼓動と一緒に、とくんとくんって。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(あ……人ってこんなに温かいんだ)
そのまま上嶋くんは眠ってしまった。無防備な眠り姫みたい。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(上嶋くんはいつも教室で一人ぼっちで)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(私と同じような気がしたんだ)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(食人鬼である以上、自分を隠して周りに溶け込まなくちゃいけないから)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(ずっと、どこか寂しくて)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(誰かと繋がりたいのに、それもダメで)
閉ざされた瞼からは夜空を凝縮したみたいな黒い瞳が見えない。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(想像と全然違う)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(もっと甘くて満たされて幸せなものだと思ってた、のに)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(こんなに胸も奥が締め付けられて、苦しいのが――恋なの?)

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