俺は食人鬼事件を追う探偵なんだ――。
私は上嶋くんについて行き、駅近くの古びたビルまで来た。ビルの入口には「3F 上嶋探偵事務所」と表記されており、中に入るとエレベーターがある。
二人で狭いエレベーターに乗って上にのぼっていく。
上嶋くんに案内されたのは、くたびれたビルの外装とは裏腹に小奇麗に整えられた事務所だった。
机は顔が映るほどつやつやに磨かれており、座らされたソファは体が埋まってしまうのではないかと思うほど柔らかい。
上嶋くんがロッカーから取り出したワイシャツを私に投げつける。皺一つなくて、微かに花のような甘い匂いがする。
心臓が速くなっていくのを感じながら私はいそいそと着替えた。
上嶋くんは事務机の上にあるダーツを持って、壁にかけてある的に狙いを澄ます。
彼の腕が真っ直ぐに伸びて空を切る。ダーツが的の真ん中に突き刺さった。
上嶋くんはシャツの袖をめくってみせた。ダーツのように細長くて鋭利な針のようなものがホルダーで腕に固定されている。
上嶋くんは得意げに少し口元を上げた。あ、結構好きなんだそういうの。
ちくりと、居心地の悪い気持ちになる――なぜなら私だって食人鬼なわけで。
上嶋くんの白い項から、私は目を離せない。
青い血管が透けていて、噛み付いたらどれほど甘美な味が口の中で広がって上嶋くんの熱を感じられるんだろう。
どくどくと、体中が脈を打つ。
口内から溢れてくる唾液をごくりと飲み込んで、喉が鳴った。
上嶋くんを、喰べたい。
今すぐにでも後ろから襲いかかって、その首筋を――
ぎゅうっと、爪が食い込むくらい拳を握りしめてなんとか耐えた。
痛い――けど、胸の苦しみに比べたら。
凶暴なくらい速い鼓動を、ゆっくり呼吸をして落ち着かせる。
上嶋くんの発言に思わず気が抜けていく。
向かい側のソファに上嶋くんは腰かけ、長い脚を組んだ。
上嶋くんは曇りのない眼で真剣に私を見据える。
きゅんと私の胸が高鳴る。
でも、その後に続いた上嶋くんの声は低くなっていた。
その時、上嶋くんの夜空の瞳に冷たくて無慈悲な星が光ったような気がした。
刃物のように鋭い気配がぴりぴりと私の皮膚の上を走る。
流れる血が血管を突き破って、また首元から溢れるんじゃないかってくらい心臓が大きく鼓動した。
体が緊張して、冷や汗が流れる。
もしも上嶋くんに食人鬼であることがバレたら
そのときは――
――上嶋くんに殺される?
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。