第9話

本能と恋心
2,874
2018/11/27 09:02
 

俺は食人鬼事件を追う探偵なんだ――。
私は上嶋くんについて行き、駅近くの古びたビルまで来た。ビルの入口には「3F 上嶋探偵事務所」と表記されており、中に入るとエレベーターがある。
二人で狭いエレベーターに乗って上にのぼっていく。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
着いたぞ
上嶋くんに案内されたのは、くたびれたビルの外装とは裏腹に小奇麗に整えられた事務所だった。
机は顔が映るほどつやつやに磨かれており、座らされたソファは体が埋まってしまうのではないかと思うほど柔らかい。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
この服でいいか? 俺のだけど。とりあえず親父がいなくてよかったな
上嶋くんがロッカーから取り出したワイシャツを私に投げつける。皺一つなくて、微かに花のような甘い匂いがする。
心臓が速くなっていくのを感じながら私はいそいそと着替えた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くん、ありがとう。上嶋くんが助けてくれなかったら危なかった
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
別に、元々あいつの跡をつけてただけ
上嶋くんは事務机の上にあるダーツを持って、壁にかけてある的に狙いを澄ます。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あいつって……私を襲った食人鬼?
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
そうだ
彼の腕が真っ直ぐに伸びて空を切る。ダーツが的の真ん中に突き刺さった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(かっこいい……)
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
やっぱり、練習しといて正解だったな
九井原 夕莉
九井原 夕莉
練習?
上嶋くんはシャツの袖をめくってみせた。ダーツのように細長くて鋭利な針のようなものがホルダーで腕に固定されている。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺が作った探偵秘密道具。小さくて隠しやすいし、とっさの場面ですぐに使える
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(なるほど……それで上嶋くんは食人鬼を追っ払ったのか)
 上嶋くんは得意げに少し口元を上げた。あ、結構好きなんだそういうの。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
まあとにかく食人鬼のことを知った以上、俺と行動してもらうから
ちくりと、居心地の悪い気持ちになる――なぜなら私だって食人鬼なわけで。
 
上嶋くんの白い項から、私は目を離せない。


青い血管が透けていて、噛み付いたらどれほど甘美な味が口の中で広がって上嶋くんの熱を感じられるんだろう。


どくどくと、体中が脈を打つ。


口内から溢れてくる唾液をごくりと飲み込んで、喉が鳴った。










上嶋くんを、喰べたい。












今すぐにでも後ろから襲いかかって、その首筋を――


















九井原 夕莉
九井原 夕莉
い、いやぁ〜……助手になっても私、何の役にも立たないと思うけど……
ぎゅうっと、爪が食い込むくらい拳を握りしめてなんとか耐えた。

痛い――けど、胸の苦しみに比べたら。

凶暴なくらい速い鼓動を、ゆっくり呼吸をして落ち着かせる。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
またあの食人鬼が襲ってくるかもしれないだろ。そしたら捕まえられる可能性も上がるし
九井原 夕莉
九井原 夕莉
私はオトリ!?
上嶋くんの発言に思わず気が抜けていく。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(危なかった……もしかしたら上嶋くんを……喰べてたかもしれない)
向かい側のソファに上嶋くんは腰かけ、長い脚を組んだ。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
最初は、お前が食人鬼なんじゃないかって疑ってた
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……へ?
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺のプロファイリングした食人鬼の拠点地域に合致してたし、お前はあまり食べ物を口にしないからな。
それに襲われた人間が見目麗しい男ってことが多くて、お前はイケメンが好きだったし
九井原 夕莉
九井原 夕莉
へ、へぇ~……なるほど……
上嶋くんは曇りのない眼で真剣に私を見据える。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
頼む……助手になってくれないか? 絶対に食人鬼を捕まえたいんだ。
この街の人と……お前を守る為にも
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(上嶋くん……私のこと心配してくれてたんだ)
きゅんと私の胸が高鳴る。
でも、その後に続いた上嶋くんの声は低くなっていた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
あいつらを根絶やしにしなくちゃならない……
その時、上嶋くんの夜空の瞳に冷たくて無慈悲な星が光ったような気がした。
刃物のように鋭い気配がぴりぴりと私の皮膚の上を走る。

上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺は、食人鬼を殺すために探偵をしてる


流れる血が血管を突き破って、また首元から溢れるんじゃないかってくらい心臓が大きく鼓動した。
体が緊張して、冷や汗が流れる。
もしも上嶋くんに食人鬼であることがバレたら
そのときは――











――上嶋くんに殺される?

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