太陽が地平線の向こうに落ちて、辺りはすっかり暗くなっていた。住宅街には街灯の明かりがぽつぽつと一定に差している。
くらり、と少し目眩がする。最近少食ぎみのせいだろうか。夕飯の血も前より苦味を感じて残してしまう。
人通りの少ない住宅街の道は食人鬼だったら絶好の捕食ポイントだ。この夜闇に紛れて一人、つまみ喰いをしようか。
私は路地裏に身を隠し、目を凝らして獲物を待つことにした。しばらくすると、制服を着た長身男性のシルエットが近づいてくる。
息を潜めて神経を集中すると遠くの革靴がコンクリートを叩く足音まで聞こえてくる。
近くまで来たら、一瞬で飛びかかって、口を塞いで、軽く首を締めて気絶させたら、喉元に歯を突き立てて血を―――
と、思っていた私の体は路地裏の奥に一瞬にして吸い込まれた。
宙に浮くくらいの強い力で、誰かの腕が私の体をさらう。壁に叩き付けられて、頭を殴打した。
ずきずきと痛む頭を何とか上げると、パーカーを目深に被った男が私の両腕をしっかり押さえ込んでいた。
私がいくら力を入れてもびくともしない。
眼の前の男が荒い息を上げながら、生温かい口元を首筋に近づけてくる。
人間の力じゃないとしたら、そんな、まさか。
鋭利な歯先が首の付根に食い込んで、激痛が走った。じゅくり、と肉が内側で潰れる音が、耳元で。
喰いちぎられそうな痛みに、四肢が暴れたが取り押さえられる。掠れた絶叫がこだまする前に口を塞がれて、息すらできない。
共喰いをする食人鬼、なんて。
溺れるように意識が薄くなっていく中、痛みと恐怖だけが鮮明に焼き付けられる。
死ぬ? このまま喰べられて――
私に覆いかぶさっていた男が低い唸りを上げて、身を引く。
ぼんやりとした視界の中で、男の背中に何か鋭利なものが刺さっているのが見えた。
パーカーの男は舌打ちをして跳躍し、路地裏の壁を蹴って登っていく。
夜闇に消えた男を追うように聞き覚えのある声が慌ただしく近づいてきた。
すらっと長い脚に、たまに寝癖がついている黒髪――それから夜みたいに深く黒い瞳。
上嶋くんが悲痛そうな顔で私を覗き込んでくる。
今にも泣きそうな弱々しい瞳が潤んで、薄暗い中でも光って見える。
星空みたいな瞳が血だらけの私を映していた。
上嶋くんの手が私の頬にそっと触れた。
大丈夫、助けるから。
上嶋くんのぬくもりを感じながら、私の意識はぬかるみに沈むように落ちていく――
上嶋くん、あなたは一体何者なの――?
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。