落ちつきを取り戻した国立くんは、ソファに座ると、すぐそばに立てかけてあったギターを手に取って、慣れた手つきで鳴らし始めた。
鼻歌を歌いながら、遊び半分で弾いているけれど、その腕前はかなりのものだった。
いつもより弾む会話にうれしくなっていると、急に国立くんが手を止めて切り出した。
言われてみればそうだ。
私がひとりで納得していると、国立くんがぼそっと付け足すように言った。
名前で呼んだ途端、一人で赤くなる。
これまでずっとKOHって呼んでたのに、こうして本人を目の前にして呼ぶのは、結構勇気がいる。
亮さんや翔さんには名前で呼ばれているのに、……煌に呼ばれると、ドキドキ具合が全然違うんだ。
煌の言葉に、ガクッとなる。
……そういうこと?
そうして煌は、またギターを弾き始めた。
私はなんとなく聴いていたけれど、そのイントロのメロディーに、はっとなる。
『Tears』は私のいちばん好きな曲。
せつないメロディーと煌の声がよく合っていて、聴いてるだけで胸がぎゅっとなる。
そして煌が歌い始めたとたん、部屋にはSKY//HIGHの世界が広がった。
私は目を閉じて、煌の声に身を委ねる。
煌の歌声は、時にパワフルで、時にせつない。
何度も動画で見たり聴いたりした歌だけど、こうして目の前で聴くと、一つ一つの音が、歌詞が、ダイレクトに私の心に届いて、染み渡っていく。
そうしてサビまで歌い終わったところで、煌はジャーンと曲を終わらせた。
少し照れながら言う姿に、私は思わず拍手を送る。
にじんだ涙を拭きながら、まだ心に残る熱い感動を伝えずにはいられなかった。
そう言って、煌はうれしそうに目を細めた。
煌の喜んだ顔に、私もうれしくなってほほえみ返す。
すると、煌はぽつりとつぶやいた。
初めて知る煌の本音に、驚きを隠せない。
心の中の苦しみを吐き出す煌に、私も胸が痛む。
SKY//HIGHのファンとしては、少し複雑な気持ちにもなるけれど……。
寝ても覚めても音楽のことを考えている煌のことだから、人一倍、音楽に対して強いこだわりがあるのは当然のことで。
煌になんて声をかければいいのか迷ったけど、私は正直な思いを口にした。
一生懸命紡いだ私の言葉を、煌はじっと聞いてくれていた。
そして、ひとつうなずくと、
そう言って、柔らかい笑顔で微笑んだ。
……それは、まだぼんやりとした夢。
ハウスキーパーとして三人のお世話しているうちに、将来、仕事の面でも彼らを支えたいと思うようになった。
それがマネージャーなのか、事務所のスタッフなのか、もしくはヘアメイクやスタイリストなのかはわからないけれど。
不思議そうな顔をして尋ねた煌に、意味深なほほえみで返した。
そう言って、煌は苦笑する。
家事と学校に行くだけの毎日を送っていた私が、こんなステキな夢を持てたのは、すごいことで。
煌の心からの笑顔に、心臓が跳ねる。
ドキドキとうるさい鼓動を全身で感じながら、煌を見つめる。
そんな私をよそに、煌はまたギターを弾きだした。
マイペースで、他人に無関心。
いつだって音楽のことばかり考えているけど、その情熱は本物で。
知れば知るほど、煌のこと、もっともっと知りたいって思う。
ギターを弾く度に揺れる黒い髪、リズムをとる足、弦を押さえる長い指。
すべてが輝いていて……、愛しい。
ストンと私の中に下りてきたこの想いを、私はごく自然に受け止めた。
まるで、ずっと前からこうなることがわかっていたように。
ギターを弾いて歌う煌の表情は晴れやかで、心から歌うことを楽しんでいる。
私はただ、そんな煌をいつまでも見ていたいと思った。