七月に入って、初めての日曜日。
まだまだ明けない梅雨の中、久しぶりの青空に心も晴れる。
私は、マンションの階段をかけ上がって、最上階にある三兄弟の家へと向かう。
菱田さんに言われてから、ここに来る時は弟の服を着ることにした。
長い髪の毛もまとめてキャップに押し込んだし、これなら女子高生ってバレないはず。
さらに、周りに誰もいないことを確認してから、素早く煌たちの家に入った。
玄関であいさつをすると、玄関に黒光りする革靴があることに気づく。
静かに廊下を進んでリビングをのぞくと、
予想通り、菱田さんがソファで亮さんと話しているのが見えた。
スーツをピシッと着こなした菱田さんは、マネージャーというよりエリートサラリーマンのようだ。
リビングに入り、こわごわ挨拶すると、菱田さんは私に気づいて冷たい視線をよこした。
菱田さんは私を一瞥した後、すぐに亮さんとの会話に戻る。
キッチンから現れた翔さんの姿に、ほっとする。
翔さんは私のところまで来ると、髪の毛を入れ込んでいた私のキャップをすっと持ち上げた。
そう言って、アイドルらしくバチッとウインクしたから、ドキッとしてしまう。
顔を赤くしていると、後ろから冷たい視線を感じる。
怖くなって振りかえると、菱田さんが刺すようなまなざしで私を見ていた。
視線を泳がせた翔さんを、菱田さんは見逃さない。
そう言って、私のほおに手を当てて顔を近づけてきたから、冗談と知りつつもドキドキしてしまう。
ちょうどリビングにやって来た煌が、翔さんにタオルを投げつけた。
そう言って、国立くんは好物のリンゴジュースを冷蔵庫から出して、コップに注ぐ。
昨日も歌番組の収録が遅くまであったみたいだけど、よく休めたのかな。
まだ眠そうな表情に、少し心配になる。
翔さんは、やる気なさそうに言ったけど、お手本の動画が流れ始めると、さっと表情が変わった。
私もすぐに、翔さんを動画で撮り始める。
さっきまでごねていた翔さんはどこへやら、真剣な表情でお手本の踊りをまねていく。
始めから終わりまで、数回通しで踊ると、
すごい、もう覚えちゃったんだ。
撮った動画を流すと、翔さんは食い入るような表情で、自分の動きをチェックしている。
翔さんを見直していると、亮さんがスーツに着替えてリビングに戻ってきた。
亮さんのスーツ姿は、今見ているドラマ『潜入捜査官・AKIRA』そのもので、思わず見とれてしまう。
菱田さんがあわてて立ち上がり、亮さんの元へと行く。
翔さんに続いて、私も亮さんが置いたというキッチンのカウンターの周りを念入りに探し始めた。
しばらくみんなで探していたけれど、急に菱田さんがやって来て、
菱田さんが私の白いトートバッグの口を開くと、なんとそこには見慣れない男物の腕時計が入っていた。
訳がわからぬままバッグを見つめていると、菱田さんは時計を取り出して、亮さんに見せた。
亮さんは差し出された時計を手に取ると、静かにうなずいた。
亮さんは、困惑した表情で私を見つめる。
緊張した空気がただよう中、私は必死で訴えた。
腕時計らしからぬ値段に、開いた口が塞がらない。
菱田さんの言葉に、凍り付く。
驚いて亮さんと翔さんを見たけれど、二人は黙ってうつむいているだけで、菱田さんの言葉を否定しなかった。
その姿に、少なからずショックを受ける。
全身から、血の気が引いていく。
そんな私に、菱田さんは淡々と告げた。
すがるように亮さんたちを見たけれど、
二人とも私と目を合わせようとはしない。
ぼうぜんとしていると、菱田さんが私の腕をつかんで、強制的に玄関まで連れていく。
そう言って、荷物と一緒に私を玄関の外へと追いやると、バタンと玄関のドアを閉めた。
家から追い出された私は、ただ、閉められた玄関のドアを見つめていた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。