翌日、教室に入ると、すぐに玲奈が私の席にやって来た。
三人のスケジュールはいつもチェックしているけど、新しいアルバムのことは全然知らなかった。
本当は昨日も会ったし、今週また会えるんだけど……、なんて口が裂けても言えない。
ハウスキーパーのバイトを始める前に、家族を含め、誰にもバイトのことは口外しないという念書を書いたのだ。
急に昨日のことが思い出されて、心がもやっとする。
私は、チラリと国立くんの席を見たけど、そこに国立くんの姿はない。
昨日は仕事でもないのに、国立くんは学校を休んでいた。
昨日、ちらっと姿を見た時は、体調が悪いようには見えなかったけど……、
一体何をしてたんだろう。
ただでさえ仕事で学校を休みがちなのに、そのうえテストで悪い点を取ったらマズいよね?
余計なお世話と思いつつ、今日も来る気配のない国立くんの席を見て、そう思った。
* * * *
結局、国立くんは今日もお休みだった。
私はノートのコピーを手に、国立くんの家のインターホンを鳴らしたけど、やはり誰も出ない。
しかたなく、合鍵を使っておじゃますることにした。
リビングをのぞいても人気がない。
一応国立くんの部屋の前まで来ると、中からギターの音が聞こえてきた。
少し緊張しながらドアをノックして声をかけると、ギターの音が鳴り止んで、部屋のドアが開いた。
黒のスウェット上下に、ボサボサの髪の毛をした国立くんが、面倒くさそうに部屋から出てきた。
しかも、目の下にはうっすらとクマがあって、疲れがたまっているようにみえる。
そう言って紙の束を差し出すと、
そう言って、国立くんはバタンとドアを閉めて部屋へ戻ってしまった。
あぜんとして、閉められたドアを見ていると、廊下の向こうから翔さんがやって来た。
やっぱりよけいなお世話だったのかもと後悔していると、翔さんは笑って言った。
最近学校を休んでいたのは、曲作りのためだったんだ。
きっと、今はテストどころじゃないんだろうな。
私がいつも聴いているSKY//HIGHの曲も、こうして国立くんが頑張って作っていたんだ。
心配そうにつぶやいた翔さんの言葉に、はっとなる。
妹の芽依と同じだ。
意外と子供っぽい所もあるんだな。
さっそく腕まくりをした私に、翔さんがあきれたように笑った。
そう言って翔さんに笑ってみせると、私はすぐにキッチンへと向かった。
* * * *
おいしそうな焦げ目のついたハンバーグをぎゅっと押して、肉汁をチェックする。
焼けたハンバーグをお皿に移して、次のタネをフライパンにのせていると、
匂いにつられて、ふらりと国立くんがキッチンにやって来た。
よほど好きなのか、あまりに素直な反応に、なんだかうれしくなる。
私はできたてのハンバーグにソースをかけて、国立くんに渡した。
国立くんは無言でお皿を受け取ると、テーブルについてハンバーグを口にした。
そのとたん、
国立くんの表情が、一瞬で明るいものに変わった。
国立くんの目がキラキラと輝く。
それが芽依の反応と同じで、思わず笑ってしまう。
キッチンから問いかけると、国立くんは食べながらうなずいた。
くすっと笑って、ハンバーグのタネにチーズを仕込ませていると、
急に国立くんが大きな声を出して、椅子から立ち上がった。
そう言って、ハンバーグも食べかけのまま、国立くんは駆け足で部屋へと戻っていった。
しばらくぽかんとしていたけれど、興奮した国立くんの様子からすると、
難航していた曲作りの打開策が見えたのかもしれない。
ひとり言のようにつぶやいて、私は残りのハンバーグを焼いた。
そうして、すべてのハンバーグを焼き終えて家へ帰ろうとすると、国立くんがリビングに戻ってきた。
その表情は、晴れやかで、さっきまでのとげとげした雰囲気は消えている。
国立くんは得意げに、ニッと笑って見せた。
その姿に、私までうれしくなってくる。
思わず笑うと、国立くんは、心からの笑顔を私に向けた。
初めて見た国立くんの笑顔に、心を打ち抜かれる。
世の女性達を虜にしてしまう笑顔を、自分だけに向けられたら。
心臓の鼓動が高鳴るのを感じながら、ただ、国立くんの姿を目で追っていた。
はっと我に返って、ハンバーグをレンジに入れる。
その表情は、やっぱりハンバーグを食べてるときの芽依と同じで、またまた笑ってしまったのだった。