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第2話

お嬢様と秘密のプロローグ②
数週間前……おばあちゃんが、死んだ。
しばらく前から入院していて、
もう長くはないと言われていたから、覚悟はできていた。
年齢も高齢だったし、
いわゆる大住生だいおうじょうと言ってもいい最期だった。
__だから、これでいい。これでよかった。
人は、いつか必ず死を迎えるものだ。
苦しまずに……眠るように息を引き取ったのだから、
きっと、これが最善の結末だったのだろう。
僕は……何度も何度も、自分にそう言い聞かせる。
哀しみに、身を浸している余裕なんてなかったから。
何かを悔んだりしていても、おばあちゃんはもう、
生き返らないから。
結衣(ゆい)
……これから、どうしよう
火葬場で、待ち時間に外に出て、ぼんやりと空を見る。
ここしばらくは、おばあちゃんの看病だけで精一杯だった。
おばあちゃんが息を引き取ってからは、葬儀や色々な手続きで慌ただしくて、何も考えることができなかった。
だから、そう言った諸々もろもろが一段落してしまうと__
今度は途方に暮れた気分になる。
……本当に、これからどうしよう?
心にぽっかり巨大な穴が空いたまま、
ようやく自分のことを考え始めるけれど……。
結衣(ゆい)
これで、天涯孤独……かぁ
両親は、もう何年も前に事故で亡くなっている。
それ以来、僕はおばあちゃんに育てられてきた。
他にはもう、親しい親類もいない。
第一、その気になれば一人で生きていくことだって出来なくはない年齢だ。
なのに、今さら会ったこともない親戚を頼るのも……なぁ。
学校を辞めて働いて、やっていきるだろうか?
それとも、やっぱりどこかの施設に行くべきなのだろうか。
あれこれと、この先の身の振り方で頭を悩ませる。
結衣(ゆい)
……変なの
深刻な議題のはずなのに、意外とどうでもよくて……
むしろ心が軽くなってくるくらいだ。
きっと、悩んでいる間は
いなくなった人のことを考えないでいられるから。
もういっそ、ずっと悩み続けてもいいくらいだ。
葵(あおい)
……。
あの、そこのあなた
__そんなときのことだった。
結衣(ゆい)
え……?
葵(あおい)
そう、あなたのことよ
一人の、女性の声で呼びかけられて、
僕は視線をそちらに向けた。
強く風が吹き、木々のこずえが揺れる音がする。
流れる風の中、髪をなびかせ、一人の少女が立っていた。
喪服もふく姿の彼女は、どこかあやしく、不可思議で、
まるで別の世界から迷い込んできた、妖精みたいで__
……見とれてしまうくらい、綺麗な人だった。
葵(あおい)
こんにちは……。
結衣……くん
結衣(ゆい)
え……、
あの……?
葵(あおい)
人違いじゃ、ないわよね?
結衣(ゆい)
あ、はい!
でも、どうして僕の名前を……
慌てて居住まいを正しつつ、僕は尋ねる。
たぶん、初めて会う人……だと思うのだけど。
葵(あおい)
まずは、お悔やみを言わせて頂戴。
この度は……その……
その先は、言葉が浮かんでこないのか、
何かを言いかけ……けれども口を閉ざしてしまう。
とにかく、生前のおばあちゃんの知り合い、ということで間違いはないだろう。
葵(あおい)
……ごめんなさい。
お葬式にも出るつもりだったのだけど、間に合わなかったわ
結衣(ゆい)
いえ……、
こんなところまで来て下さって……
葵(あおい)
最後のお別れを、と思ったのだけれど。
それにも遅かったみたいね
もう火葬も始まってしまったけれど__
その前に、一目顔を見たいと思ってくれたのだろう。この人は。
結衣(ゆい)
こちらこそ、申し訳ありません……
事前にご連絡も出来なくて
唯一の身内でもある僕が、どこの誰なのかも知らないのだ。
当然ながら、僕から直接の連絡なんてしていない。
わざわざ火葬場まで駆けつけてくれるほどの人なのに、
申し訳ないと心から思う。
葵(あおい)
気にしなくてもいいわ。
後でお線香だけでも上げさせてもらえるかしら
結衣(ゆい)
はい、それはもちろん……。
あの、本当に、こんなところまで来て下さってありがとうございます。
葵(あおい)
それも、気にしなくていいわ。
ここに来たのは、あなたにも用事があったからなの。
結衣(ゆい)
僕……ですか?
ええと……
葵(あおい)
あおい
結衣(ゆい)
え……?
えっと……
葵(あおい)
私の名前よ。
星空ほしぞらあおい
結衣(ゆい)
あ、ああ……
__聞き覚えがある、名前だった。
結衣(ゆい)
星空さんというと……
確か、祖母が昔働いてた
葵(あおい)
ええ、あなたのお祖母様は、
長い間、我が家のメイドを務めてくれていたわ
とても大きなお屋敷で、働いていたらしい。
それに、星空家といえば、庶民の日常生活で直接かかわりはないけれど、日本の経済界の何%かを握っているとかいないとか。
おばあちゃんから聞いた話だけど、とにかく凄い家らしい。
目の前の__記憶が確かなら僕と同じ年のはずのこの人は、
そんな立派なお屋敷の『お嬢様』なのだ。
葵(あおい)
私はね……小さい頃、
あなたのお祖母様に育てて頂いたの
結衣(ゆい)
ああ、やっぱり……
あなたが……
僕の両親が死んだとき、残された僕の世話をするために、
おばあちゃんはメイドの仕事を辞めた。
それまではお屋敷のお嬢様付きのお世話係だったらしく、
その『お嬢様』がつまりこの人なのだ。
結衣(ゆい)
…………
両親がいなくなった当時の記憶が、蘇りそうになる。
その後の、おばあちゃんとの温かい生活も……。
結衣(ゆい)
祖母から『お嬢様』のお話は何度か聞いたことがあります
どうにか、微笑みをかたちづくる
それに、そうか……この人が、そうなんだ?
葵(あおい)
……恥ずかしい話でなければいいのだけど
結衣(ゆい)
ふふ、どうでしょう?
葵(あおい)
まあ、いいわ……
それで、本題なのだけど
何かを察してくれたのか、
『お嬢様』はすぐに話題を変えてくれた。
葵(あおい)
あなた、これからどうするかは決まっているの?
身の振り方とか、そういう事なのだけれど……
結衣(ゆい)
いえ、それはまだ……
葵(あおい)
実は、ばあやから……
お祖母様から、あなたのことを頼まれているの
結衣(ゆい)
え……、
それって……
葵(あおい)
一度、お見舞いに行ったの。
ばあやが入院中と聞いて。
その時は、あなたはいなかったけれど……
結衣(ゆい)
そうだったんですか。
重ね重ね、失礼を……
葵(あおい)
勝手に押しかけただけよ。気にしないで。
それより、行くあてがないのなら……どうかしら
そこまで言って、お嬢様は小さく息を吸い込む。
葵(あおい)
私の学園に、来てみない?
結衣(ゆい)
……学園、ですか?
葵(あおい)
ある学園の、理事長をしているの。
色々と便宜べんぎはかれるわ。
寮もあるから、家賃なし、学費も免除にできると思う
結衣(ゆい)
理事長って……
それにそんな好条件……
葵(あおい)
そのくらいはしてあげるわ……
ばあやの頼みだもの
だからといって、
人間一人の生活をまるごと引き受けるのも同然の条件だ。
僕と同い年で、どこか学園の偉い人__
そして、簡単に面倒を見るとか言い出せるその余裕。
住んでいる世界が違うなぁ……と、戸惑いすら覚える。
葵(あおい)
どう? 
今のあなたにとって、悪い話ではないと思うわ。
__確かに、住む場所も勉強を続ける機会も増えるなら、願ってもいないこと。
入院中のおばあちゃんの治療費で貯金も底をついていて、今や文無しも当然なのだから。
それに、もう一つの理由もあって……。
結衣(ゆい)
本当にご迷惑でないのなら……お願いします
僕は、深々と頭を下げた。
葵(あおい)
そう……よかった。
お役に立てそうで
結衣(ゆい)
すみません……
お世話になります
葵(あおい)
遠慮はしないで。
あなたのことは私が引き受けるから。
困ったことがあったら、何でも言って頂戴
結衣(ゆい)
……はい、ありがとうございます
本当に、親切で素敵な『お嬢様』だった。
薄い縁に過ぎないのに、人の優しさが心に染みてくる。
それに、おばあちゃんが最後まで僕のことを案じてくれていたと知って……
じんわり目の奥が熱くなってくる。
葵(あおい)
……後で、制服と手続きの書類を送るわ。
転校は、色々なことが落ち着いてからで構わないから
__そう言って、葵お嬢様は僕の側から離れていった。
たぶん、何かに気を遣って、一人にしてくれたのだろう。
結衣(ゆい)
……おばあちゃん、ありがとう
きっとおばあちゃんは、最初からそのつもりだったのだろう。
だから、あの時__あんなことを言っていたのだろう。
結衣(ゆい)
行くあてがないのも、事実だけど……
寄る辺も、目標も失った僕に、
おばあちゃんは全てを用意してくれていた。
病床びょうしょうで、おばあちゃんは僕に『遺言』をしたのだ。
『お嬢様の、力になってあげてね……』
それが、本当に必要なのかどうかも分からない。
お金持ちのお嬢様なのだから、きっと全てを持っている。
僕が何かの役に立てるなんて、おこがましいのだろう。
だけど、それでも__
結衣(ゆい)
葵、お嬢様……
おばあちゃんがお世話をした、おばあちゃんにとっての、
もう一人の孫娘。
その人のお仕えすることは、
確かに僕へと託された、故人の『願い』なのだから。

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春香かなた
春香かなた
『心温まる優しいプリ小説』を趣旨に執筆しています。 〇投稿作品 『僕のシークレット!(第20回プリコン作品)』【全51話】 『雪の降る街へ。第一部「青春編」(運営のおすすめ作品掲載)』【連載中】 作品の感想など、コメントをしてくれると嬉しいです。 〇七つのかなたルール ●『媚びない』 ●『手を抜かない』 ●『未完にしない』 ●『オリジナルのみ執筆』 ●『バッドエンドにしない』 ●『鬱・病み・グロテスク表現はNG』 ●『心温まる優しい作品を執筆する』 これら7つを厳守してプリ小説をやっています。
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