五位は利仁の顔と、郎等の顔とを、仔細らしく見比べながら、両方に満足を与へるやうな、相槌を打つた。
郎等の話を聞き完ると、利仁は五位を見て、得意らしく云つた。
五位は、赤鼻を掻きながら、ちよいと、頭を下げて、それから、わざとらしく、呆れたやうに、口を開いて見せた。口髭には、今飲んだ酒が、滴になつて、くつついてゐる。
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その日の夜の事である。五位は、利仁の館の一間に、切燈台の灯を眺めるともなく、眺めながら、寝つかれない長の夜をまぢまぢして、明してゐた。すると、夕方、此処へ着くまでに、利仁や利仁の従者と、談笑しながら、越えて来た松山、小川、枯野、或は、草、木の葉、石、野火の煙のにほひ、――さう云ふものが、一つづつ、五位の心に、浮んで来た。殊に、雀色時の靄の中を、やつと、この館へ辿りついて、長櫃に起してある、炭火の赤い焔を見た時の、ほつとした心もち、――それも、今かうして、寝てゐると、遠い昔にあつた事としか、思はれない。五位は綿の四五寸もはいつた、黄いろい直垂の下に、楽々と、足をのばしながら、ぼんやり、われとわが寝姿を見廻した。
直垂の下に利仁が貸してくれた、練色の衣の綿厚なのを、二枚まで重ねて、着こんでゐる。それだけでも、どうかすると、汗が出かねない程、暖かい。そこへ、夕飯の時に一杯やつた、酒の酔が手伝つてゐる。枕元の蔀一つ隔てた向うは、霜の冴えた広庭だが、それも、かう陶然としてゐれば、少しも苦にならない。万事が、京都の自分の曹司にゐた時と比べれば、雲泥の相違である。が、それにも係はらず、我五位の心には、何となく釣合のとれない不安があつた。第一、時間のたつて行くのが、待遠い。しかもそれと同時に、夜の明けると云ふ事が、――芋粥を食ふ時になると云ふ事が、さう早く、来てはならないやうな心もちがする。さうして又、この矛盾した二つの感情が、互に剋し合ふ後には、境遇の急激な変化から来る、落着かない気分が、今日の天気のやうに、うすら寒く控へてゐる。それが、皆、邪魔になつて、折角の暖かさも、容易に、眠りを誘ひさうもない。
すると、外の広庭で、誰か大きな声を出してゐるのが、耳にはいつた。声がらでは、どうも、今日、途中まで迎へに出た、白髪の郎等が何か告れてゐるらしい。その乾からびた声が、霜に響くせゐか、凛々として凩のやうに、一語づつ五位の骨に、応へるやうな気さへする。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。