第3話

「そろそろ離れてほしい」

傑先輩が、なぜここまで私を気に入ったのかは分からない。


半年前は、何度断ってもしつこく追いかけてきて、学校の帰り道ですら待ち伏せされる始末。


付き人の瀬戸くんいわく、先輩は「自分に寄ってくる女子には興味がない」そうで。


私が彼を拒否するから、余計に興味を引いてしまったのではないか、ということだった。


もっとも、私の心を動かしたのは――。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
笑わなくたってかわいいんだから、笑ったらもっとかわいいだろ!

傑先輩のそんな一言だったけれど。


おかげで、私は前向きに笑う練習をしようと考えるようになったし、嬉しかった。


傑先輩がいつでもすぐ飛んでくるので、周囲にからかわれることも減った。


だから今は、彼に深く感謝している。


でも、それ以上に、毎日ベタベタに甘やかされている現状に、戸惑っている部分もあった。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
あなた、今日はどこに行きたい?
あなた

えっと……今日は、家の手伝いをしなきゃ、いけなくて

朝比奈 傑
朝比奈 傑
なんだ、そうなのか?

御曹司というだけあって、お金の使い方も想像を遙かに超えて豪快で。


ヘリコプターに乗せてもらったり、遊園地を貸し切りにしたりと、一生できるかできないかの経験もさせてもらっている。


だからこそ、少し引け目を感じてしまうのだ。
瀬戸 匠
瀬戸 匠
ちょっと頻度を落としてくれよ。
僕の仕事が増えるだろ
朝比奈 傑
朝比奈 傑
匠は俺の世話係なんだから、それが仕事だろ。
文句言うなって

傑先輩が卒業してしまったら、私はまた孤独になってしまう。


だから、今だけでもこの関係を楽しむべきなのかもしれない。


不釣り合いな恋であることは分かっているのだけれど、それでも先輩の傍にいたいと思う。
あなた

(先輩は、私のこと、どう思ってる?)


この変な関係性を、はっきりさせたらどうなるのだろう。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
じゃあ、明日はどこに行きたいか考えておいて
あなた

……は、はい


私が精一杯の笑顔で答えると、先輩も微笑んで、私の頭を撫でてくれる。


恋って、胸がドキドキするってこういうことなんだと、初めて知った。



***



その日の放課後のこと。


帰宅しようとした私のところへ、瀬戸くんがやってきた。
瀬戸 匠
瀬戸 匠
ちょっと、話いい?
あなた

……う、うん


いつになく神妙しんみょうな表情を浮かべる瀬戸くんに、一抹いちまつの不安がよぎる。


空き教室に呼び出されて、周囲に人がいないことを確認した瀬戸くんは、私を真っ直ぐ見つめたまま口を開いた。
瀬戸 匠
瀬戸 匠
君も分かってはいたと思うけれど。
傑にはもっとふさわしい相手がいるから、そろそろ離れてほしい。
これは彼の両親の願いでもあるんだ
あなた

……え

瀬戸 匠
瀬戸 匠
しばらく様子を見て、君はもう、だいぶ笑えるようになったと僕は判断した。
互いに情が湧いてしまう前に、早くそうした方がいい
あなた

…………


〝一般庶民では御曹司に釣り合わない〟と暗に言われているのだ。


最初から、分かっていたこと。


それでも、改めて突きつけられると、深く心臓をえぐられるような感じがする。


私は無言のまま、否定も肯定もしないでいた。
瀬戸 匠
瀬戸 匠
急に言って辛いと思うけれど、まずはよく考えてみて
あなた

……うん


瀬戸くんは困ったように苦い笑みを浮かべながら、教室を出て行った。



***



放心状態のまま、ふらふらと家に戻った。


その直後、買い物から帰ってきた母が、私を睨みつける。
母
お母さん、さっき恥をかかされたわ。
あなたが朝比奈財閥の御曹司に言い寄ってるって、保護者たちの間で噂になってるわよ
あなた

えっ、そんな!
わ、私が言い寄ってるんじゃな……

母
身の程知らずで恥ずかしいから、やめてちょうだい。
普段おとなしいくせに、そういうところだけは積極的だなんて、もうびっくりした!

母は、昔から私に厳しい。


いつだって世間体を気にして、私のことはちっとも見てくれない。


酷い言葉に反論も出来ないまま、私は瀬戸くんの言葉を繰り返し思い浮かべていた。


【第4話につづく】