第5話

「このままじゃ引き下がれない」
あなた

っ!?


反射的に、私は瀬戸くんから顔を背けた。
あなた

(キスされるかと、思った……)


驚きのあまり、心臓がドクドクと音を立てている。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
ほら、嫌がってるじゃないか!
あなた

先輩……


傑先輩が、私と瀬戸くんの間にすかさず割って入り、私を背中にかばった。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
やっぱり、付き合ってるんじゃないんだろ?

先輩は、私たちの言葉が偽りだと気付いている。


それでも、一度ついた嘘は、突き通さなければならない。


瀬戸くんは一切表情を変えず、冷静に眼鏡のブリッジを押し上げた。
瀬戸 匠
瀬戸 匠
突然で、びっくりしただけだよね?
あなた

は、はい……


瀬戸くんの問いかけに、私はそう答えるしかない。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
匠、さすがにこれは笑えない冗談だ

傑先輩の表情はどんどん険しくなり、いよいよ瀬戸くんに掴みかかりそうな勢いだ。


一方の瀬戸くんは、余裕で構えている。
あなた

や、やめてください……!


実の兄弟のように仲がいいふたりには、こんなことで喧嘩をしてほしくない。


私は勇気を振り絞って、彼らを止めた……のだが。
瀬戸 匠
瀬戸 匠
あなた、さくっと証明しておこう。
今後も、こうねちねちと疑われるのは勘弁だ

瀬戸くんが私の両肩を掴み、もう一度キスを試みようとしている。
あなた

えっ! で、でも……

朝比奈 傑
朝比奈 傑
おい、だから嫌がってるだろ。
それに、いくら証明だって言っても、そんな場面は見たくない!

傑先輩の手が、瀬戸くんの両腕を払った。


先輩は恐らく、私と瀬戸くんが共謀して嘘をついていると察している。


今まで私たちの間に甘い雰囲気なんて、これっぽっちもなかったのだから。
瀬戸 匠
瀬戸 匠
僕は本気だよ。
どのみち、傑と彼女じゃ、恋人として成り立たない。
傑は『御曹司に相応しい相手を』って、旦那様と奥様からずっと言われてきただろう?
僕らには、なにも障害はないんだ
朝比奈 傑
朝比奈 傑
そ、れは……。
俺が、どうにか説得すれば……
瀬戸 匠
瀬戸 匠
無理だと思う。
それよりも、どうしたら僕たちのことを納得してくれる?

瀬戸くんは、真剣だった。


私と先輩を引き離すためだけに、嘘をつくことはあっても、普通キスまでしようと思うだろうか。
あなた

(どういうこと……?)


私の中でひとつの疑問が生まれる瞬間に、傑先輩も同じことを思ったようだった。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
匠、お前もしかして本気、か……?
瀬戸 匠
瀬戸 匠
そうだよ。気付いてなかった? 彼女ほど健気けなげでいい子は、今の世の中なかなかいないだろうね

瀬戸くんの目が、こちらを向く。


いつも優しく見守るようだったその瞳に、今は熱量を感じてしまい、私は悲鳴を上げそうだった。


彼がこんな提案をしたのは建前で、私のことを好きだとは、これっぽっちも思っていなかったからだ。
瀬戸 匠
瀬戸 匠
傑の隣で彼女を見守るうちに、気付いたら惹かれていたんだ
朝比奈 傑
朝比奈 傑
……マジか
瀬戸 匠
瀬戸 匠
これで僕の気持ちは分かっただろ? あなたのことは、僕が責任を持って大切にする

どこまでが本気で、どこからが嘘なのか。


心臓が、うるさい。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
匠の意見は分かった。
でも、俺もこのままじゃ引き下がれない。
少し、あなたと話す時間がほしい
瀬戸 匠
瀬戸 匠
……そんなに時間はとれないよ
朝比奈 傑
朝比奈 傑
分かってる。
あなた、いいよな?

昨日の約束を、まだ果たしていない。


これが最後の時間になるだろうと覚悟を決めて、私は頷いた。


【第6話につづく】