第2話

「今日の笑顔、もらった」

あれから半年が経って、私は二年生に、傑先輩は三年生に進級した。


午前の授業が終わり、昼休みが始まる。
あなた

(そろそろかな)


私が席を立てば、タイミングをはかったかのように、傑先輩が迎えにやってきた。


そのすぐ隣には、いつも通り、彼の付き人である瀬戸せとたくみくんが立っている。


瀬戸くんの家は代々、朝比奈家に仕えていて、彼ら同士は幼少期からの付き合いになるらしい。


私と同い年なのに、いつも冷静で落ち着き払っていて、とても大人っぽい人だ。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
あなた、もう出られるか?
あなた

は、はい


クラスのみんなにとってはもう見慣れた光景になっているので、今となっては特に騒がれることはない。


それでも、元々傑先輩に憧れていた女子たちには、よく思われていないもので。
女子生徒
朝比奈先輩って、物好きだよね
女子生徒
よりによって、なんで能面女なんだろ……

ひそひそ声は今日も聞こえてくる。


そろそろ聞き慣れてきたけれど、やっぱり少しは傷つく。



***



あの衝撃的な出会いの後から、私はなぜか、傑先輩と昼食をとるようになった。


こんな提案したのは、もちろん先輩のほうだ。


傑先輩は住む世界が違う人――そう思っていた私は散々断ったのだけれど、彼があまりにもしつこく……。


いや、熱心に声をかけてくるので、さすがに折れてしまった。


なぜそんなにも私に構うのか、理由を聞いたところ、「君を笑わせてみたいから」だそうだ。


そんなことを言う人に出会ったのは初めてで、正直、なんて変わっている人だろうと当時は思った。


瀬戸くんによると、 傑先輩は幼少期から英才教育を受けてきて、高等教育は小学生の時点で終えているとのこと。


そのせいで学校が退屈に感じ、常に面白いことを探しているそうだ。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
あなた、今日の卵焼きは何味?
あなた

め、明太子を入れてます……

朝比奈 傑
朝比奈 傑
おー、いいじゃん、おいしそう!

そして、傑先輩は私の作る卵焼きが好物らしい。


毎朝時間がなくて、大慌てでこしらえている質素な弁当だ。


一方の彼らは、家のお手伝いさんが高級食材で作ってくれた豪勢な弁当を食べているのに。


彼はいつも、私の弁当箱にある卵焼き一切れを指さして、ねだるのだ。


――やっぱり、変わっている。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
あなたが食べさせて
瀬戸 匠
瀬戸 匠
傑、はしたない
朝比奈 傑
朝比奈 傑
いいだろ、これくらい。
あ、もしかしてうらやましいのか?
瀬戸 匠
瀬戸 匠
違う、そうじゃない
あなた

くすっ


付き人の瀬戸くんが顔をしかめて先輩を注意するけれど、一方の先輩は自慢げに言葉を返す。


『年下の弟に注意された兄』みたいな構図に見えて、私はつい、笑った。
あなた

……あ


思わず出た笑いに、自分でもびっくりする。


とにかく、彼らは協力して私を笑わせることに注力していて、隙あらばなにか面白いことをしてみせるのだが。


最初の頃こそ、うまく笑えなかったし、目の前のことがおかしくても表情が動かなかった。


自分の笑顔に対する、恐怖心があったからだ。


無理に笑ってみたこともあったけれど、彼らはちっとも私の表情を馬鹿にしなかったし、自然に笑えるようになるのを待ってくれた。


半年経った今、やっと変わってきた気がする。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
はい、今日の笑顔、もらった。
自然に笑えるようになってきたな
瀬戸 匠
瀬戸 匠
うん、僕もそれは認める

ふたりは私の反応に顔を見合わせ、笑顔でハイタッチをした。


傑先輩はにこにこしているし、瀬戸くんも穏やかに口角を上げている。
あなた

(私、本当に変われるかもしれない…)


まだ、ふたりの前でしか笑えないけれど、いつかは乗り越えたい。


感謝の気持ちを込めて、卵焼きを箸でとり、先輩に差し出す。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
あ、うまっ! 今までツナが最強かと思ってたけど、明太子もいいな
あなた

……よかった


いつの間にか、先輩の嬉しそうな顔を見るのが、私の楽しみになっていた。


この奔放で変わり者の、遠くて近い存在の人を、好きになったのだ。


【第3話へつづく】