『彼』との出会いは、今から約半年前――私がまだ一年生の頃。
それはあまりにも突然のことで、今でも鮮明に覚えている。
その日、私は日直だった。
職員室でクラス全員に配るプリントを受け取り、教室へと向かう途中の渡り廊下を歩いていたときのこと。
前方に、同じ一年生の女子たちの人だかりができていた。
きゃあきゃあと、甲高い声がする。
彼女たちに囲まれていたのは、当時二年生の朝比奈傑先輩。
校内随一の有名人なので、誰でもその存在は知っている。
彼は朝比奈財閥の御曹司で、人目を引く華やかな美形だ。
茶色のふわふわとした髪も、ヘーゼルの瞳も、きらきらと輝いていて。
私とは対照的に、いつ見ても明るくて、雲の上の存在。
だから、興味はないし、関わることもないだろうと思っていた。
取り巻きの女子を避けながら、私が横を通り過ぎようとすると。
その中のひとりが、突然一歩後ろへと下がった。
彼女の背中と私の腕がぶつかり、持っていたプリントが散乱してしまった。
女子生徒は一瞬振り返って私に謝ったものの、朝比奈先輩に話しかけることに夢中で、プリントが散乱したことに気付いていない。
人に踏まれると汚れてしまうと焦った私は、慌ててしゃがみ込み、夢中でプリントを拾った。
私の目の前に、プリントを拾い上げる手が伸びてくる。
顔を上げると、その主は朝比奈先輩だった。
私を含め、誰もがぽかんとして彼を見つめている。
彼は、拾ったプリントをまとめて手渡してくれる。
緊張のあまり彼の顔を直視できず、私は頭を下げると、その場を去ろうとした。
すぐに、女子生徒たちのくすくすと笑う声がする。
小さな声で話しているつもりなのだろうけれど、はっきりと聞こえた。
『能面女』――中学時代から、私はそう呼ばれている。
幼い頃から感情や思いを人に伝えるのが苦手で、極度の人見知りの私は、笑おうとしても顔が引きつってしまうのだ。
試しに笑ってみたこともあるのだけれど、「怖い」「気持ち悪い」と言われてしまった。
だから、私は自分の笑顔が大嫌い。
悪口を言われたって、反論はしない。
面倒ごとは、起こしたくないから。
そそくさと歩き出した私の背中に、そんな声が聞こえてきた。
間違いなく、言ったのは朝比奈先輩。
そして、パタパタと足音を立てて、誰かが私を追いかけてくる。
私は驚き、逃げようとしたけれど、すぐに肩を掴まれてしまった。
朝比奈先輩が、私の前に回り込む。
綺麗な顔がずいっと覗き込んできて、私は思わず悲鳴を上げた。
こんなことを言ってくれる人は、初めてで。
言葉が喉につかえてしまって、なかなか出てこなかったけれど、先輩は待ってくれた。
無表情であることを理由にからかわれているのだと話すと、彼は一瞬険しい顔をした後、にかっと歯を見せて笑った。
そうやって、閉ざされた私の世界に、彼はいとも簡単に入り込んできたのだ。
【第2話につづく】
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。