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第1話

「俺が笑わせてやる!」
『彼』との出会いは、今から約半年前――私がまだ一年生の頃。


それはあまりにも突然のことで、今でも鮮明に覚えている。


その日、私は日直だった。


職員室でクラス全員に配るプリントを受け取り、教室へと向かう途中の渡り廊下を歩いていたときのこと。


前方に、同じ一年生の女子たちの人だかりができていた。
女子生徒
えー、先輩ゴルフもできるんですか?
女子生徒
さすがセレブって感じ!

きゃあきゃあと、甲高い声がする。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
セレブじゃなくても、ゴルフくらいするでしょ

彼女たちに囲まれていたのは、当時二年生の朝比奈あさひなすぐる先輩。


校内随一ずいいちの有名人なので、誰でもその存在は知っている。


彼は朝比奈財閥の御曹司で、人目を引く華やかな美形だ。


茶色のふわふわとした髪も、ヘーゼルの瞳も、きらきらと輝いていて。


私とは対照的に、いつ見ても明るくて、雲の上の存在。


だから、興味はないし、関わることもないだろうと思っていた。




取り巻きの女子を避けながら、私が横を通り過ぎようとすると。


その中のひとりが、突然一歩後ろへと下がった。
あなた

きゃっ

女子生徒
あ、ごめん

彼女の背中と私の腕がぶつかり、持っていたプリントが散乱してしまった。


女子生徒は一瞬振り返って私に謝ったものの、朝比奈先輩に話しかけることに夢中で、プリントが散乱したことに気付いていない。
あなた

(早く、拾わないと!)


人に踏まれると汚れてしまうと焦った私は、慌ててしゃがみ込み、夢中でプリントを拾った。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
ちょっと、どいて

私の目の前に、プリントを拾い上げる手が伸びてくる。
女子生徒
えっ?
女子生徒
先輩、どうしたんですか?

顔を上げると、その主は朝比奈先輩だった。


私を含め、誰もがぽかんとして彼を見つめている。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
これで全部?
あなた

は、はい。
あ、ありがとう、ございます……


彼は、拾ったプリントをまとめて手渡してくれる。


緊張のあまり彼の顔を直視できず、私は頭を下げると、その場を去ろうとした。


すぐに、女子生徒たちのくすくすと笑う声がする。
女子生徒
能面のうめん女、先輩の注意を引きたくてわざとぶつかったんじゃない?
女子生徒
うわ、最悪っ……そういうとこ計算するんだね

小さな声で話しているつもりなのだろうけれど、はっきりと聞こえた。
あなた

(気にしちゃだめ……)


『能面女』――中学時代から、私はそう呼ばれている。


幼い頃から感情や思いを人に伝えるのが苦手で、極度の人見知りの私は、笑おうとしても顔が引きつってしまうのだ。


試しに笑ってみたこともあるのだけれど、「怖い」「気持ち悪い」と言われてしまった。


だから、私は自分の笑顔が大嫌い。


悪口を言われたって、反論はしない。


面倒ごとは、起こしたくないから。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
は? なんだそれ。
君たちのほうが、意地悪くて最悪だわ
女子生徒
……え
女子生徒
いや、聞こえて……?

そそくさと歩き出した私の背中に、そんな声が聞こえてきた。


間違いなく、言ったのは朝比奈先輩。


そして、パタパタと足音を立てて、誰かが私を追いかけてくる。
あなた

!?


私は驚き、逃げようとしたけれど、すぐに肩を掴まれてしまった。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
ねえ、ちょっと君!
あなた

ひいっ……!


朝比奈先輩が、私の前に回り込む。


綺麗な顔がずいっと覗き込んできて、私は思わず悲鳴を上げた。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
何も怖いことしないから、話、聞かせてくれる?
あなた

え、あ、あの……?

朝比奈 傑
朝比奈 傑
ああいうやつらを見返したいとか、思わないの?
悔しくない?

こんなことを言ってくれる人は、初めてで。


言葉が喉につかえてしまって、なかなか出てこなかったけれど、先輩は待ってくれた。


無表情であることを理由にからかわれているのだと話すと、彼は一瞬険しい顔をした後、にかっと歯を見せて笑った。
朝比奈 傑
朝比奈 傑
それなら、俺が笑わせてやる!
あなた

……え?


そうやって、閉ざされた私の世界に、彼はいとも簡単に入り込んできたのだ。


【第2話につづく】