あれから、午後の授業もまともに受けられなかった。
その原因である樹の靴が、なぜかもうある。
私、学校が終わってそのまますぐに帰ってきたのに。
珍しい。
というか、サボった?
悪い奴だなぁ……。
しかしリビングには、昨日頼んだ野菜が買ってきてある。
いい人なのか悪い人なのか。
ちょっと心配。
私は階段を上りながら声をかけ続ける。
けど返事はない。
そのまま、樹の部屋の前まで来てしまった。
私が午後から、どんなに悩んだか知らないくせに。
バーカバーカ。
私はノックもせず、樹の部屋のドアを開けた。
勝手に入るのは悪い気がするけど、いつも勝手に入られてるし、気にしない気にしない。
部屋は暗い。
真っ暗ではないけど……。
寝てるのかな?
けど、すぐ見つけた。
ベッドに横たわる、樹を。
そっと樹に近づいてみる。
やっぱり寝てる……?
いきなり手を掴まれて、グイッと引かれる。
突然のことに抵抗する間もなく、私の体は引かれた手の方向にそのまま倒れ込む。
バフっと背中にベッドの柔らかさを感じる。
目を開くと、
樹がいる。
私……押し倒された?
樹も、いつもの樹じゃない。
片方の手は私の顔の横についていて、もう片方は私の頭を撫でている。
確かに見た事ない樹だし、少し怖いけど、私の頭を撫でている樹の手はいつもと変わらない。
樹だから。
危機感なんてない。
……どういう、こと?
樹は私の頭を撫でていた手を、そっと頬、唇へと移動してきた。
熱くなった体のせいで、ベッドが冷たく感じる。
樹の体重も少しかかってくる。
暗くて、樹の顔がよく見えない。
その瞬間、樹の顔がはっきり見えた。
部屋が明るくなったとかじゃなくて、樹の顔が目の前にあるからだ。
だけど、
まだ寸止めだ。
動いたら、唇と唇はくっつきそうな距離だけど、
樹は文句言うなよとか言ったくせに、キスしてこない。
私も樹もバカな気がする。
自惚れじゃなければ、樹も私も、きっと同じだ。
私の心臓は鳴り止まないし、ここで冗談を言う余裕もまったくない。
何それ。人生なんて大げさすぎ。
私は両手で樹のほっぺたをペチンッと挟んだ。
どう頑張っても、この口の悪さは直らない。
けど、これが今の私の精一杯だ。
気づきたての気持ちを、まだ言葉にできないから。
私の言葉に、樹はフッと笑った。
私らしいって何よ。
樹は私の顎をクイッと引くと、ニヤリと微笑んだ。
樹らしい、腹黒で俺様な総長っぽい告白。
逃げるわけ、ないよ……。
樹はそう言って、私の唇をふさいだ。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。